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北支事件及宋哲元軍不法事件に就て 1935年07月30日

 北支事件及宋哲元軍不法事件に就て(ひらがな化、一部新字体化、図省略) 北支事件及宋哲元軍不法事件に就て                        昭和十年七月三十日                        陸軍省新聞班     目次     第一 北支事件 …………………………………………  一頁      一 概説 ………………………………………………  一      二 北支事件の動因 …………………………………  三      三 北支事件の重要性 ………………………………  六      四 北支交渉の条約的根拠 …………………………  七      五 軍の発動 ………………………………………… 一〇      六 支那側の態度並爾後の交渉 …………………… 一一     第二 宋哲元軍不法事件 ……………………………… 一二      一 概説 ……………………………………………… 一二      二 第一次張北事件 ………………………………… 一三      三 宋哲元軍の第一次熱西侵犯事件 ……………… 一四      四 第二次張北事件 ………………………………… 一六      五 宋哲元軍の第二次熱西侵犯事件 ……………… 一七      六 日支の交渉 ……………………………………… 一八     第三 最近における北支の政情 ……………………… 二一 北支事件及宋哲元軍不法事件に就て(附図参照)     第一 北支事件      一 概説  最近、北支那に於ては、停戦協定地区に根拠を有する匪賊の満洲国侵入良民の掠奪、並に親日新満を主義とし日満支の大乗的提携を標榜していた支那新聞社長の暗殺等、抗日反満的不祥事件が相継いで起った。  然るに之等の事件の背後を調査した所、一匪賊、一凶漢、一官吏の所為ではなくして、実は支那官憲が指導し援助していた事実が明瞭となった。  茲に於て、事件は単に末梢的処理を為すも殆ど何等の効果なく、其の依って来る根源を清むる所謂抜本塞源的処置を要するものであることが明瞭となり、其の根本は南京政府の対日二重政策の全面的是正にあるのであるが、取り敢えず北支に於ける是等禍根の一切を清掃することが、営に右事件の解決のみならず、満洲国の健全なる発達を促す点よりするも、喫緊焦眉の問題であるとの結論を得たのである。...

衆議院議員選挙法 1925年05月05日

 衆議院議員選挙法(ひらがな化、一部新字体化、別表省略) 法律第四十七号 衆議院議員選擧法    第一章 選挙に関する区域 第一条 衆議院議員は各選挙区に於て之を選挙す  選挙区及各選挙区に於て選挙すへき議員の数は別表を以て之を定む 第二条 投票区は市町村の区域に依る  地方長官特別の事情ありと認むるときは市町村の区域を分ちて数投票区を設け又は数町村の区域を合せて一投票区を設くることを得  前項の規定に依り投票区を設けたるときは地方長官は直に之を告示すへし  第二項の規定に依り設くる投票区の投票に関し本法の規定を適用し難き事項に付ては勅令を以て特別の規定を設くることを得 第三条 開票区は郡市の区域に依る  地方長官特別の事情ありと認むるときは郡市の区域を分ちて数間票区を設くることを得  前項の規定に依り開票区を設けたるときは地方長官は直に之を告示すへし  第二項の規定に依り設くる開票区の開票に関し本法の規定を適用し難き事項に付ては勅令を以て特別の規定を設くることを得 第四条 行政区画の変更に因り選挙区に異動を生するも現任議員は其の職を失ふことなし    第二章 選挙権及被選挙権 第五条 帝国臣民たる男子にして年齢二十五年以上の者は選挙権を有す  帝国臣民たる男子にして年齢三十年以上の者は被選挙権を有す 第六条 左に掲掲くる者は選挙権及被選挙権を有せす 一 禁治産者及準禁治産者 二 破産者にして復権を得さる者 三 貧困に困り生活の為公私の救助を受け又は扶助を受くる者 四 一定の住居を有せさる者 五 六年の懲役又は禁錮以上の刑に処せられたる者 六 刑法第二編第一章、第三章、第九章、第十六章乃至第二十一章、第二十五章又は第三十六章乃至第三十九章に掲くる罪を犯し六年未満の懲役の刑に処せられ其の執行ふ終り又は執行を受くることなきに至りたる後其の刑期の二倍に相当する期間を経過するに至る迄の者但し其の期間五年より短きときは五年とす 七 六年未満の禁錮の刑に処せられ又は前号に掲くる罪以外の罪を犯し六年未満の懲役の刑に処せられ其の執行を終り又は執行を受くることなきに至る迄の者 第七条 華族の戸主は選挙権及被選挙権を有せす  陸海軍軍人にして現役中の者(未た入営せさる者及帰休下士官兵を除く)及戦時若は事変に際し召集中の者は選挙権及被選挙権を有せす兵籍に編入せられたる学生生徒(勅...

南支方面に於ける米国勢力の浸潤 1933年08月24日

 南支方面に於ける米国勢力の浸潤(ひらがな化、一部新字体化、不明文字あり、図省略) 昭和八年八月二十四日 支那時局報 第四十四號 南支方面ニ於ケル米國勢力ノ浸潤          参謀本部      目次 第一、 緒言 第二、 南京政府を通し航空勢力扶植の状況 第三、 米国系航空会社の南支発展 第四、 米支直通無線通信権問題 第五、 広東に於ける米国の策動 第六、 福建に於ける米国の策動 第七、 結言 附図  南支方面米国勢力侵入状況要図    第一、緒言 満洲事更発生以来我国朝野の関心は主として満蒙乃至北支方面に指向せらんありしか此間南支方面に在りては列強時に米国勢力浸潤の状顕著なるものあり 就中最も注目すヘきは米国航空勢力の進入なりとす即ち上海事件の苦杯に懲りたる支那官民の間に昨夏以来頓に抬頭し来れる航空救国運動は南支方面に於て最も熾烈を極めありしか適彼等の抱懐せる米国迎合主義乃王依米制日思想と相俟て茲に米国航空勢力南支進出の機運を激成し延いては一般軍事的、政治的竝経済的勢力の侵入を招来するに至り今や長江沿岸を始め浙江、福建、広東等南支沿海の諸要地に牢手抜くヘからさる勢力を扶植せんとしつヽあり加之最近福建沿岸に米国海空軍根拠地設定説伝ヘられ又米機に依る上海、香港、馬尼刺間試験飛行成功の情報あり斯くして南支方面に於ける米国の活動日と共に愈〻繁からんとし其動向は今や我か対支政策竝国防上軽視すヘからさるに至れり 依て前号時局報との重複をも厭はす左に其梗概を記述せんとす    第二、南京政府を通し航空勢力扶植の情况 一、中央空軍に対する米国勢力の確立 従来支那空軍は使用飛行機飛行士の技術等に於て著して不統一の弊を有せんか昨年末頃か改造の第一着手として一先つ部隊数を三機宛の三隊に縮編し之より生したる余力を挙けて悉く杭州飛行学校に集中し此処に於て米国教官指導の下に飛行士の統一教育を行ふことに定められ爾来該地に於ては退役米国航空兵大佐「ゼー、エッチ、ジョネット」を総顧問とし外に米人教官技師等十五名ありて校内の実権を掌握しあり(独人教官は昨秋飛行将校の抗州飛行学校副校長毛邦初打倒運動に連坐し辞職せしめられたり)又各航空隊は南京、漢口、南昌に配置せをれ近き将来に於て完備せらるヘき一隊七機(中央空軍の拡張計画は七機七隊、七団―計三百五十機と称せらる)の新鋭機は全部米機を以て...

ノモンハン事件経過の概要 1939年11月06日

 ノモンハン事件経過の概要(不明文字あり、ひらがな化、一部新字体化、図省略) 第二篇「ノモンハン」事件経過の概要 本事件に関する戦史は今後の調査研究を俟ちて編纂配布せらるべきも本編は委員会の任務に基き昭和十四年十一月六日大本営陸軍部の調製に係る「ノモンハン」事件経過の概要を其の後の調査研究に依り加除修正したるものなり  然れども的確なる資料の收集未だ十分ならず為に過誤遺漏あるべきを予想しあり   第一章 事件発生の経緯    第一節 満蒙国境紛争の歴史 事件地方面国境は爾他方面満蒙国境と同様外蒙古の独立(一九一一年)及蒙古人民共和国の成立(一九一四年)並に満洲国の建国に至る迄は一行政区画の境界として「ハルハ」、「バルガ」、蒙古種族遊牧の地界たりしに過ぎさりしが清の雍正十二年(一七三四年)巴爾虎(呼倫貝爾)、喀爾喀(外蒙)間に牧地境界を設定せられて以来有利なる水草地帯の領有並に境界を超越せる宗教上の慣行等を繞り両族間の紛争絶えず大官の特派、文書及地図に依る裁定標識(卡倫及鄂博)の設置等数回に及べるも𠞷定法不完全なるのみならず文書及地図簡粗杜撰、既設標識亦滅失毀損して境界明確ならざる所多く未解決の儘なりしが外蒙古の独立、満洲国の建国に至りて新なる国際問題となれり 即ち満洲国建国以来日満の勢力僻遠に浸透し外蒙勢力と接触するに及び漸く国境紛争発生するに至り昭和十年一月喀爾喀廟に於ける武力衝突事件を契機として満蒙会議成立し両国代表満洲里に会して喀爾喀廟附近の帰属に関して商議せしが両国各ゝ其の主義を固執して相譲らず爾後昭和十一年同十二年に亘り会議続開せられたるも外蒙側の誠意見るべきものなく支那事変の進展に伴ひ休会の儘今日に至れり其の間紛争は逐年険悪化し「ブルンデス」、「タウラン」等の武力衝突事件発生せり 「ノモンハン」方面に就ては満洲国は各種の文献を基礎とし「ハルハ」河を以て国境なりとする主張を堅持し来りしが昭和十年満洲里会議進行中六月「ホルステン」河附近に於て作業中なりし関東軍測量手被拉致事件突発し該方面の国境線議題に上りしに外蒙側は「ノモンハン」附近を以て国境なりとし(今次事件押収地図に因り「ノモンハンブルトネオボー」西南三粁附近より概ね東南及西北に通ずる線を以て国境と看做しあること判明す)何等の決定を見るに至らず其の後十三年秋に至る迄同方面に於ては時に...

広安門事件報告 1937年07月26日

 広安門事件報告(一部新字体化)      廣安門事件報告   昭和十二年七月廿六日  天津軍司令部附 步兵少佐 櫻井德太郎 一、事件前の狀況 七月廿六日朝北平居留民保護の目的を以て步兵第二聯隊第二大隊(缺一中隊)豊台より入城すとの來電により中島顧問は齋藤通訳を伴ひ連絡に向ふ午后四時頃廣安門より入城すとの事なりしを以て過早に支那側に通知せば却つて警戒心を増加し入城不能の怖れあるを以て秦德純秘書張我軍に午后三時半までに特務機關に来る可きを電話せしも遂に時刻に至るも來らず此頃松井特務機關長は昨日の廊坊事件に関し軍の最後的通牒を進徳社にある宋哲元に手交の為赴きありし留守中なりしを以て、櫻井顧問は三時五十分特務機關囑託川村芳男及憲兵を同伴し廣安門に至る 此時齋藤通訳連絡に来りあり兼ねて面識ある第三十七師王連長に交渉し戒厳司令部、劉自珍旅長に電話し開門に決す、依て斎藤をして此の状況を連絡せしめんとせし時、白き便服を着したる長身の者秦市長に電話し再び連長を電話口に呼び出し秦市長命令と称し閉門し城塞上の兵戦闘準備を行ひしを以て、斎藤をして豊台より来れる部隊に連絡せしむると共に顧問は戒厳司令部に至りしに劉旅長、徐参謀長、共に進徳社に赴き不在なりしを以て一旦特務機関に帰り開門の件を交渉す 午後五時半頃冀察側より開門の件電話し来り門の通過に関し宋哲元秘書、張祖徳及外交委員会委員林耕宇を立会せしむる旨通知し来りしを以て櫻井顧問は再び川村囑託、吉富特務機関員を伴ひ廣安門に至る。 二、事件の状況 其の一 先頭部隊城門直後に至るまでの状況 櫻井顧問は広安門内警察分駐所に於て王連長に面会し冀察側より巳に開門に関する命令ありたる旨を知り連長を伴ひ城壁上に登り兵に対し日本軍の入城に際し絶対に射撃す可からざる旨を徹底し銃を手より放し隠蔽休憩せしめ城門外にありし巡警をして中島顧問に連絡せしむ(中島顧問は城門西方二百米鉄道踏切石炭所に位置す) 暫らくありて、斎藤通訳自動車より城門外に至り連絡成る。此の時張秘書来りしを以て念の為め連長をして誤解なき様兵に伝へしめ門を半開す 此の時吉富は城門下に斎藤は城門外橋梁附近に櫻井顧問川村及張は城門上楼門北側にあり、午後六時過ぎ「我自動車隊は中島顧問の自動車を先頭に前進し来り、将に城門に入らんとするや俄然城門南方五十米附近城壁上より二三発、発砲す、城門上の兵之に...

対蒙(西北)施策要領 1936年01月??日

 対蒙(西北)施策要領    對蒙(西北)施策要領                     昭和十一年一月                     関東軍参謀部 本書は昭和十年七月二十五日作製対内蒙施策要領に基き軍の行へる施策の成果に因る内蒙の現状を基礎とし向後の施策及将来の目標並此目標に到達せんか為の諸般の企図著想等を蒐録す      第一 方   針 一、軍は帝国陸軍の情勢判断対策に基き対蘇作戦準備の為必要とする外蒙古の懐柔及反蘇分離気運の促進を図ると共に対支工作の進展に資し且満洲国の統治及国防の基礎を鞏固ならしむる目的を以て徳王の独裁する内蒙古軍政府の実質を強化すると共に其勢力を逐次支那西域地方に拡大し北支工作の進展に伴ひ内蒙をして中央より分離自立するに至らしむ   施策の重点は当初現在の軍政府の管轄区域内重要部門の整備鞏化に置き其成果挙かるに従ひ之を根拠として其勢力を綏遠に扶植し次て外蒙古及青海、新疆、西藏等に拡大せんことを期す      第二 一般指導の要領 二、軍は内蒙軍政府を指導し政治、軍事、経済、文化各方面の施策を進むるも初期に於ては内蒙の環境並蒙人の特性に鑑み主力を軍事及蒙古人の教育普及に注く 三、諸施策は日人顧問の指導に依り軍政府をして之を行はしむるを以て本則となす   然れとも同政府当初の実力に鑑み満洲国諸機関、満鉄、善隣協会大蒙公司等をして軍の指導の下に参加せしめ軍政府の実力向上に伴ひ逐次軍政府をして実施せしむる如く指導す 四、一切の施策は之を極秘裡に行ひ一般の耳目を蔽ひ国際情勢特に蘇邦及支那側の神経を刺戟せさることに努む 五、軍政府の実力充実し独立政権たるの実質を備ふるに至らは独立(宗主権に関しては之に触れさるを主旨とす)を宣布せしむ   但し政略上の状況之を要する時機に於ては右に顧慮なく自治を宣言せしむることあり 六、蒙古独立疆域内の民族は日、蒙、漢、回、蔵の五民族を包含するに至るべきに依り之等の人心収攬に関し特に左の諸点に留意すると共に反共産主義を鼓吹し宗教の尊重と各民族固有の信教の自由を認む  (一)在蒙日本人をして総て日本民族の先駆者たる自覚の下に日満両帝国特に日本の国策の徹底に努めしむ    之か為日人顧問以下の徳操並他民族特に蒙古民族に対する態度等に関しては特務機関を通し厳に監視監督せしむ  (二)蒙古民族に対しては  ...

対蒙(西北)施策要領 1936年01月?日

 対蒙(西北)施策要領(ひらがな化、不明文字あり、一部図省略)    對蒙(西北)施策要領                     昭和十一年一月                     関東軍参謀部 本書は昭和十年七月二十五日作製対内蒙施策要領に基き軍の行へる施策の成果に因る内蒙の現状を基礎とし向後の施策及将来の目標並此目標に到達せんか為の諸般の企図著想等を蒐録す      第一 方   針 一、軍は帝国陸軍の情勢判断対策に基き対蘇作戦準備の為必要とする外蒙古の懐柔及反蘇分離気運の促進を図ると共に対支工作の進展に資し且満洲国の統治及国防の基礎を鞏固ならしむる目的を以て徳王の独裁する内蒙古軍政府の実質を強化すると共に其勢力を逐次支那西域地方に拡大し北支工作の進展に伴ひ内蒙をして中央より分離自立するに至らしむ   施策の重点は当初現在の軍政府の管轄区域内重要部門の整備鞏化に置き其成果挙かるに従ひ之を根拠として其勢力を綏遠に扶植し次て外蒙古及青海、新疆、西藏等に拡大せんことを期す      第二 一般指導の要領 二、軍は内蒙軍政府を指導し政治、軍事、経済、文化各方面の施策を進むるも初期に於ては内蒙の環境並蒙人の特性に鑑み主力を軍事及蒙古人の教育普及に注く 三、諸施策は日人顧問の指導に依り軍政府をして之を行はしむるを以て本則となす   然れとも同政府当初の実力に鑑み満洲国諸機関、満鉄、善隣協会大蒙公司等をして軍の指導の下に参加せしめ軍政府の実力向上に伴ひ逐次軍政府をして実施せしむる如く指導す 四、一切の施策は之を極秘裡に行ひ一般の耳目を蔽ひ国際情勢特に蘇邦及支那側の神経を刺戟せさることに努む 五、軍政府の実力充実し独立政権たるの実質を備ふるに至らは独立(宗主権に関しては之に触れさるを主旨とす)を宣布せしむ   但し政略上の状況之を要する時機に於ては右に顧慮なく自治を宣言せしむることあり 六、蒙古独立疆域内の民族は日、蒙、漠、回、蔵の五民族を包含するに至るべきに依り之等の人心収攬に関し特に左の諸点に留意すると共に反共産主義を鼓吹し宗教の尊重と各民族固有の信教の自由を認む  (一)在蒙日本人をして総て日本民族の先駆者たる自覚の下に日満両帝国特に日本の国策の徹底に努めしむ    之か為日人顧問以下の徳操並他民族特に蒙古民族に対する態度等に関しては特務機関を通し厳に監視監...