日露通商航海條約(ひらがな化、一部新字体化)
朕枢密顧問の諮詢を経て日本国及露西亜国間に締結したる日露通商航海条約及同条約附属別約を裁可し茲に之を公布せしむ
御名 御璽
明治四十年九月十一日
内閣総理大臣侯爵西園寺公望
外務大臣 子爵林 董
条約第四号
日露通商航海条約
日本國皇帝陛下及全露西亜皇帝陛下は兩國通商上の関係を進捗せしめむことを希望し「ポーツマス」に於て調印せられたる講和条約第十二条の規定に基き公正の主義と相互の利益を基礎として一の通商航海条約を締結することに決し之か為日本國皇帝陛下は露西亜國駐剳特命全權公使法学博士本野一郎を全露西亜国皇帝陛下は外務大臣「メートル、ド、ラ、クール」、「アレキサンドル、イズヴォルスキー」商工務大臣「マンブル、ヂュ、コンセイユ、ド、ランピール」、「エキュイエー、ド、ラ、クール」、「ドミトリ、フィロゾフォフ」及上院議員「メートル、ド、ラ、クール」、「ニコラ、マレヴスキー、マレヴィッチ」を各其の全權委員に任命せり因て各全權委員は互に其の委任状を示し其の良好妥当なるを認め以て左の諸條を協議決定せり
第一条
両締約国の一方の臣民は他の一方の版図内に於て其の国の法律に遵由し何れの所に到り、旅行し又は居住するも全く隨意たるへく而して其の身体及財産に対しては完全なる保護を享受すへし
該臣民は其の権利を伸張し及防護せむか為自由に且容易に裁判所に訴出ることを得へく又該裁判所に於て其の権利を伸張し及防護するに付内国臣民と同樣に代言人、弁護人及代人を選択し且使用することを得へく而して右の外司法取扱に關する各般の事項に関して内国臣民の享有する總ての權利及特典を享有すへし
住居権、旅行権及各種動産の所有、遺言其の他の方法に因る所の動産の移転及合法に取得するは最恵国の臣民若は人民と同様の特典、自由及権利を享有し且此等の事項に関しては内国臣民又は最恵国の臣民若は人民に比して多額の税金又は賦課金を徴収せらるることなかるへし
両締約国の一方の臣民は他の一方の版図内に於て良心に関し完全なる自由を享有し及法律、命令及規則に従て公私の禮拜を行ふことを得並其の宗教上の慣習に從ひ埋葬又は火葬の為設置保存せらるる適当便宜の地に自国人を埋葬又は火葬するの権利を享有すへし(筆者注:火葬が追加)
農業、不動産の所有権並其の他何等の名義を以てするを問はす土地の保有に関する各般の事項に付ては露西亜国に於ける日本国臣民及日本国に於ける露西亜国臣民は最恵国の臣民又は人民と均等の取扱を受くへきものとす(筆者注:今回の改正による追加条項)
何等の名義を以てするも該臣民をして内国臣民又は最恵国の臣民若は人民の現に納付し又は将来納付すへきものに異るか又は之より多額の賦課金又は租税を納付せしむるを得す
両締約国の一方臣民にして他の一方の版図内に住居する者は陸軍、海軍、護国軍、民兵等に論なく総て強迫兵役を免かれ且其の服役の代として取立る所の一切の納金を免かれ又一切の強募公債及軍事上の賦歛又は捐資を免かるへし
前記の免除は不動産の所有に附着する所の賦課金及一般の内国臣民か不動産の所有者、小作人、賃借者又は保有者として負担することあるへき軍事上の賦役及徴発を包含せさるものとす(筆者注:今回の改正による追加条項)
第二条
両締約國の間には相互に通商及航海の自由あるへし
両締約国の一方の臣民は他の一方の版図内何れの所に於ても其の国の法律、命令及規則に遵由して總て工業又は手工業に従事し正業に属する各種の生産物、製造品及貨物の卸売又は小売営業に従事するを得へし右営業に従事するには自身に之を為し又は代理人を以てし或は一人にて之を為し又は外國人若は内国臣民と組合を結ひて之を為すも随意たるへく又家屋、倉庫を所有し、之を借受け又は占有し且住居する為又は職業を営む爲めに土地を借受くることを得但し内國臣民と同樣其の國の法律、警察規則及税関規則を遵守するを要す
該臣民は他の一方の版図内の各地、諸港及諸河にして外国通商の為に開かれ又は開かるへき場所へ船舶及貨物を以て自由に到るを得且通商及航海に関しては政府、官吏、公吏、一私人、会社其の他何等の施設たるを問はす其の名義に於て又は其の利益の為に賦課する税金又は取立金は其の性質又は名称の如何を論せす内国臣民の払ふ所に異るか又は之より多額のものを払ふことなく内国臣民と同一の取扱を受くへきものとす
然れとも本条及前条中に掲くる規定は両国の一方に於て現に行はれ又は行はるることあるへき商業、工業、手工業、職業、所有権、警察、公安及衛生に関する特別の法律、命令及規則にして外国人一般に適用すへきものには何等の影響を及ほささるものとす
第三条
両締約國の一方の臣民か他の一方の版図内に於て住居、商業又は工業の為めに供する家宅、倉庫、店舗及之に属する構造物は侵すへからす
右家宅及構造物へは猥に侵入捜索すへからす又帳簿、書類又は簿記帳を検査点閲すへからす但し内国臣民に対し法律、命令及規則を以て制定せる条件及定式に據るときは此の限に在らす
第四条
日本国皇帝陛下の版図内の生産又は製造に係る物品を何れの地よりするも全露西亜國皇帝陛下の版図内に輸入し又全露西亜國皇帝陛下の版図内の生産又は製造に係る物品を何れの地よりするも日本国皇帝陛下の版図内に輸入するときは總て他の各外國の生産又は製造に係る同種の物品に賦課する税に異るか又は之より多額の税を賦課せらるることなかるへし
両締約國の一方の版図内へ他の各外国の生産又は製造に係る物品の輸入を禁止するに非されは他の一方の版図内の生産又は製造に係る同種の物品は何れの地より輸入せらるるも之を禁止することなかるへし此の規定は人類の安全並農業に有用なる家畜及植物の生存を保護するに必要なる衛生上其の他の禁止に適用すへからさるものとす
第五条
両締約国の一方の版図内より他の一方の版図内へ輸出する一切の物品には他の各外国へ輸出する同種物品に対し賦課し又は賦課すへきものに異るか又は之より多額の税金又は賦課金を賦課することなかるへし又両締約国の一方の版図内に於て他の各外国に向ひ物品の輸出を禁止するに非されは他の一方の版図内へ同種の物品を輸出することをも禁止せさるへし
第六条
両締約國の一方の臣民は他の一方の版図内に於て内地通過税、保税倉庫、奨励金、使益及戻税に関し最恵国の臣民又は人民と全く均等の取扱を受くへし
第七条
日本国皇帝陛下の版図内の諸港へ日本国の船舶を以て適法に輸入し若又は輸入せらるへき物品は亦露西亜国の船舶を以て同様に之を右諸港に輸入することを得此の場合に於ては何等の名称を以てするを問わす日本国船舶か右様の物品を輸入するとき賦課すへきものに異るか又は之より多額の税金又は賦課金を賦課せさるへし又全露西亜国皇帝陛下の版図内の諸港へ露西亜国の船舶を以て適法に輸入し又は輸入せらるへき物品は亦日本国の船舶を以て同様に之を右諸港へ輸入することを得此の場合に於ては何等の名称を以てするを問わす露西亜国船舶か右様の物品を輸入するとき賦課すへきものに異るか又は之より多額の税金又は賦課金を賦課せさるへし右相互対等の取扱は右物品の直に原産地より到ると其の他の場所より到るとを問わす必す之を為すものとす
輸出に関しても前項の場合と同様全く均等の取扱を為すへし故に締約国の一方より適法に輸出し又は輸出せらるへき物品は其の輸出の日本国船舶に依ると露西亜国船舶に依るとに拘はらす又其の仕向先の締約国の一港たると第三国の一港たるとを問わす締約国の版図内に於ては之に課するに同一の輸出税を以てし又之に許すに同一の奨励金及戻税を以てすへし
第八条
政府、官吏、公吏、一私人、会社其の他の施設の名義に於て又は其の利益の為に賦課する頓税、港税、水先案内料、燈台税、検疫費其の他之と類似の取立金は其の性質及名義の如何に拘はらす同一の条件を以て且同様の場合に於て内国船舶一般に課するものに非されは両締約国の一方は其の版図内の港に於て他の一方の船舶に課せさるへし此の如き均等の取扱は両国の船舶か何れの場所より来り又何れの場所に往くものたりとも相互同一たるへきものとす
第九条
両締約国の一方は其の版図内の港、湾、船梁、碇泊所又は河川に於て船舶の繋留、貨物の船積及船卸に関する一切の事項に就き他の一方の締約国の船舶か均霑せさる特典を自国の船舶に許与せさるへし両締約国の意思は本件に関しても亦両国の船舶に対し互に全く均等の取扱を為すに在るものとす
第十条
両締約国の沿海貿易は本条約に於て規定するの限に在らす各其の法律、命令及規則に従ひ之を規定すへきものとす然れとも全露西亜国皇帝陛下の版図内に於ける日本国臣民又は日本国皇帝陛下の版図内に於ける露西亜国臣民は此の事項に関しては各右法律、命令及規則を以て他の外国臣民又は人民に許与し又は許与せらるへき諸権利を享有するものとす
全露西亜国皇帝陛下の版図内に二箇以上の港へ仕向けたる荷物を外国に於て積載したる日本国船舶及日本国皇帝陛下の版図内に二箇以上の港へ仕向けたる荷物を外国に於て積載したる露西亜国船舶は外国貿易を許されたる仕向港の一に於て其の積荷の一部を陸揚し而して其の最初に積載したる荷物の剰余を陸揚する為他の一港又は数港へ進航することを得へし但し常に両国の法律及税関規則に従ふへきものとす
第十一条
両締約国の一方の軍艦又は商船にして暴風其の他の危難に遭遇し避難の為已むを得す他の一方の港に進入するものは内国船舶の払ふへきものの外何等の賦課金を払ふことなく其の港に於て修繕を為し一切の需用品を求め再ひ航行するを得へし但し商船の船長にして其の費用を支弁する為其の積荷の一部を売却するを要する場合には該船長は其の寄港地の規則及税表を遵守すへきものとす
両締約国の一方の軍艦又は商船にして他の一方の沿岸に於て難破し又は浅瀬に乗上けたるときは地方官より其の事件の生したる地方に駐在する総領事、領事、副領事又は代弁領事へ其の旨を通知すへし若其の地方に領事官在らさるときは最近地方の総領事、領事、副領事又は代弁領事へ之を通知すへし
全露西亜国皇帝陛下の領水にて難破し又は浅瀬に乗上けたる日本国船舶の救助に関する一切の手続は露西亜国法律、命令及規則に従て之を為すへく又相互の主義に基き日本国皇帝陛下の領水にて難破し又は浅瀬に乗上けたる露西亜国船舶に関する一切の救助処分は日本国法律、命令及規則に従て之を為すへし
右の如く難破し又は浅瀬に乗上けたる船舶、其の器具其の他一切の附属品、該船舶より救上けたる貨物及商品、右等の諸物件にして海中に投棄せられたるもの又は之を売却したるときは其の収得金並該遭難船内に発見せられたる一切の書類は右船舶の持主又は代理人より要求するときは之に引渡すへし右持主又は代理人の現場に在らさるときは内国法律に定めたる期限内に当該総領事、領事、副領事又は代弁領事より請求あれは之を引渡すへし而して右領事官、持主又は代理人は内国船舶難破の場合に於て払ふへき物品保存費、難破救助費其の他の費用のみを払ふへきものとす
難破船より救上けたる貨物及商品は消費の為に通関手続を為すものに非されは一切の関税を免除すへし但し消費の為めに売捌く場合には普通の関税を納むるを要するものとす
両締約国の一方の臣民に属する船舶にして他の一方の版図内に於て難破し又は浅瀬に乗上けたるとき其の持主又は船長其の他の代理人か不在の場合又は現場に在りて之を請求する場合には当該総領事、領事、副領事又は代弁領事は其の自国民に必要なる補助を与ふる為干与することを許さるへきものとす
第十二条
本条約の目的に関しては日本国の国法に従ひ日本国船舶と看做さるへき一切の船舶は之を日本国船舶と認め又露西亜国の国法に従ひ露西亜国船舶と見做さるへき一切の船舶は之を露西亜国船舶と認むへし
両締約国の一方より交付したる船舶積量測度証書は追て両国間に協定すへき特別の取極に依り他の一方に於て之を承認すへし
第十三条
両締約国の一方に属する軍艦又は商船の乗組員にして他の一方の版図内に於て脱船する者あるに際し右船舶所属国の領事又は其の代理官より其の逮捕、引渡のことを地方官に依頼するときは該地方官は其の権力の及ふ限該脱船人を逮捕し且之を引渡す為助力を為すを要するものとす
乗組員か其の各自の所属国に於て脱船したるときは此の規定を適用せさるものとす
第十四条
両締約国は其の一方の通商、航海及工業を他の一方に於て総て最恵国の基礎に置く意思を有するに因り通商、航海、工業及手工業に関する一切の事項に関し其の一方より他の各外国の政府、船舶、臣民又は人民に既に許与し又は将来許与すへき一切の特典、殊遇又は免除は他の一方の政府、船舶、臣民にも即時に且条件を附せすして之を許与すへきことを約す
第十五条
両締約国の一方は他の一方の港、都府及其の他の場所に総領事、領事、副領事及代弁領事を置くことを得へし但し領事館の駐在を認許するに便宜ならさる場所は此の限に在らす
然れとも右の制限は他の諸外国に対し之を適用するに非されは一方の締約国に対して之を適用するを得さるものとす
総領事、領事、副領事及代弁領事は相互の条件を以て一切の職務を執行し且其の駐在国に於て最恵国の領事官に現に許与し又は将来許与せらるへき一切の特典、特権、免除及職権を享有することを得へし
日本国政府より露西亜国に派遣する外交代表機関及正式領事館並之に附属する諸官吏は新聞雑誌並学術、技芸及文学の著作物の検閲に関し相互の条件を以て完全なる自由を享有すへし(筆者注:今回の改正による追加項)
第十六条
両締約国の一方の臣民は他の一方の版図内に於て法律に定むる所の手続を履行するときは特許、商標及意匠に関し内国臣民と同一の保護を受くへし
両締約国は成るへく速に工業及商業所有権の保護に関し相互条件を基礎として一の条約を締結せむか為商議を開くことを約す
第十七条
本条約は批准交換後二箇月を経て実施せられ左に規定したる方法に依り終了する迄効力を持続すへし
両締約国の一方は明治四十三年七月十七日即千九百十年七月四日(十七日)以後は本条約を終了せむことを欲する旨を他の一方へ通知するの権利を有すへし而して此の通知を為したる後十二箇月を経過したるときは本条約は全然消滅に帰すへきものとす
第十八条
本条約は批准せらるへし而して其の批准書は成るへく速に且如何なる場合に於ても調印後四箇月以内に東京に於て交換せらるへし
右証拠として両国全権委員は本条約に記名調印するものなり
明治四十年七月二十八日即千九百七年七月十五日(二十八日)聖彼得堡に於て之を作る
本野一郎 印
イズヴォルスキー 印
ド、フィロゾフォフ 印
エヌ、マレヴスキー、マレヴィッチ 印
別 約
左記の留保は外国との貿易及関係に一般に適用せらるる規定と毫も関係を有せさる例外のものなるに因り本条約に抵触せさるものと看做す但し如何なる場合に於ても左記諸例外の為の外は本条約に定めたる内国臣民待遇及最恵国臣民待遇の原則に反して之を引用することを能わさるものと知るへし
日本国の方に於て
第一条 日本国と韓国との間に於ける通商、工業及航海に関する特別関係の規定
第二条 日本国とマラッカ海峡以東に於て日本国に隣接せる東亜細亜諸国との通商に関する規定
第三条 日本国政府か留保することあるへき各種の物品に関する専売権
露西亜国の方に於て
第一条 幅員五拾ヴェルストに達する国境地帯内の地方貿易を容易ならしむる為に接境諸国に現に許与し又は将来許与することあるへき殊遇
第二条 輸入又は輸出に関しアルカンジェル洲の住民及亜細亜露西亜国の北部沿岸(西比利亜)に現に許与し又は将来許与することあるへき殊遇
第三条 千八百三十八年四月二十六日(五月八日)露西亜国と瑞典国及諾威国との間に締結したる条約中に包含せられたる特別条款
第四条 露西亜国と其の亜細亜に於ける接境諸国との商業に関する規定
第五条 露西亜国に於て建造し且露西亜国臣民に属する船舶に与へらるる建造後三箇年間航海税の免除
第六条 露西亜国に於て遊船倶楽部と称する各種娯遊協会に許与したる免除
第七条 露西亜国政府か留保することあるへき各種の物品に関する専売権
本別約は本日締結したる条約中に其の全文を記入したると同一の効力を有すへし又本別約は之を批准し其の批准書は該条約の批准書と同時に之を交換すへし
右証拠として両国全権委員は本条約に記名調印するものなり
明治四十年七月二十八日即千九百七年七月十五日(二十八日)聖彼得堡に於て之を作る
本野一郎 印
イズヴォルスキー 印
ド、フィロゾフォフ 印
エヌ、マレヴスキー、マレヴィッチ 印
(国立公文書館:日露通商航海条約・御署名原本・明治四十年・条約第四号)
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