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国力の現状 1945年06月08日

国力の現状(ひらがな化、一部新字体化)

 

御前会議報告第一号       昭和二十年六月八日

     國力ノ現狀

一、要旨

 戦局の急迫に伴ひ陸海交通並に重要生産は益々阻害せられ食料の逼迫は深刻を加へ近代的物的戦力の総合発揮は極めて至難となるべく民心の動向亦深く注意を要するものあり

従って之等に対する諸施策は真に一瞬を争ふべき情勢に在り

二、民心の動向

国民の胸底に忠誠心を存し敵の信寇等に対しては抵抗するの気概を有しあるも他面局面の転回を冀求するの気分あり

軍部及政府に対する批判逐次盛となり動もすれば指導層に対する信頼感に動揺を来しつつある傾向あり且国民道義は頽廃の兆あり又自己防衛の懸念強く敢闘奉公精神の昂揚充分ならず庶民層には農家に於ても諦観自棄的風潮あり指導的知識層には焦燥和平冀求気分底流しつつあるを看取す かかる情勢に乗じ一部野心分子は変革的企図を以て蠢動しある形跡あり

沖縄作戦最悪の場合に於ける民心の動向に対しては特に深甚の注意と適切なる指導とを必要とす 尚今後敵の思想撹乱行動は盛となるを予期せざるべからず

三、人的国力

(イ)人的国力は戦争に因る消耗も未だ大ならず物的国力に比すれば尚余裕あり唯其の使用概して効率的ならず動員及配置は生産の推移に即応せず人員の偏在遊休化を見つつある現状にして徹底的配置転換及能率増進を敢行すれば人的国力の部面に於ては戦争遂行に大なる支障なく之が活用の如何に依りては戦力這出の余地ありと認めらる但し今般に於て大規模の兵力動員あるに於ては必ずしも楽観を許さざるものあり

(ロ)戦争に基く増殖率低下の微漸く■はれ且■位の低下は特に戒心を要す

四、輸送力及通信

(イ)汽船輸送力に付ては使用船腹量急激に減少して現在約百万総屯なるも而かも燃料の不足、敵の妨害激化及荷役力の低下等の為著しく運航を阻害されあり若し最近に於ける損耗の実績を以て推移すれば本年末に於ては使用船腹量は殆んど皆無に近き状態に立到るべし且大陸との交通を確保し得るや否やは沖縄作戦の如何に懸る処大にして最悪の場合に於ては六月以降殆ど其の計画的交通を期待し得ざるに至るべし

機帆船輸送力も亦燃料不足及敵の妨害に因り急激に減少する処大なり

(ロ)鉄道輸送力は最近に於ける車輌は施設等の疲弊に加へ空襲被害に因り逐次低下しつつあり今後敵は交通破壊空襲を激化すべく為に鉄道輸送力は各般の努力を画しつつあるも前年度に比し二分の一程度に減退すべく特に中期以降一貫性を喪失し局地輸送力となる虞大なり

(ハ)陸上小運送力並に港湾荷役力は資材、燃料及労務事情並に運営統制の不備等に伴ひ末端輸送及海陸輸送の接続のみならず鉄道及海上輸送自体に対しても重大なる隘路を形成しつつあり尚港湾に付ては今後敵襲に依り其の機能を停止せらるる虞大なり

(ニ)通信は資材、要員等の事情並に空襲被害に因り其の機能を阻害せられつつあり今後空襲激化等に伴ひ本年中期以降に於ては各種通信連絡は甚しく困難となるべし

五、物的国力

(イ)鉄鋼生産は主として原料炭及鉱石の輸送入手難に因り現在概ね前年同期に比し四分の一程度に陥り鋼船の新造補給は本年中期以降は全然期待し得ざる状況なり尚所在資材の活用戦力化に付ても実行上多大の困難を克服するの要あり

(ロ)東部及西部地域に対する石炭の供給は生産及輸送の減少に伴ひ著しく低下し空襲被害の増大と相俟つて中枢地帯の工業生産は全面的に下向しつつあり中期以降の輸送の状況に依りては中枢地帯の工業は石炭供給の杜絶に依り相当部分運転休止となる虞大なり

(ハ)大陸工業塩の運送減少に因り曹達を基盤とする化学工業生産は加速的に低下しつつあり特に中期以降原料塩の収得は危機に直面すべく之が為軽金属及人造石油の生産は固より火薬、爆薬等の確保にも困難を生ずるの結果となるべし

(ニ)液体燃料の供給は今後日満支の自給に俟つの外なく貯油の払底と増産計画の進行遅延に伴ひ航空燃料等の逼迫は中期以降戦争遂行に重大なる影響を及ぼす情勢なり

(ホ)航空機を中心とする近代兵器の生産は空襲の激化に因る交通及生産の破壊並に前記原材料、燃料等の逼迫の為在来方式に依る量産遂行は遠からず至難となるべし

六、国民生活

(イ)食料の逼迫は漸次深刻を加へ本端境期は開戦以来最大の危機にして大陸糧穀及食糧塩の計画輸入を確保し得るとも今後の国民食生活は強度に規制せられたる基準の糧穀と生理的必要最小限度の塩分を漸く摂取し得る程度となるを覚悟せざるべからず

更に海外輸移入の妨害、国内輸送の分断、天候及敵襲等に伴ふ生産減少等の条件を考慮に入るるときは局地的に飢餓状態を現出するの虞あり治安上も楽観を許さず

尚来年度の食糧事情が本年度に比し更に深刻化すべきは想察に難からず

(ロ)物価騰貴の趨勢著しく闇の横行、経済道義の頽廃等に依る経済秩序紊乱の傾向漸く顕著となり今後の推移に依りてはインフレーシヨン昂進の極遂には戦時経済の組織的運営を不能ならしむるの虞なしとせず

        判     決

国力の現状以上の如く加之敵の空襲激化に伴ひ物的国力の充実極めて困難なる状況にありと雖も之か最大の隘路は生産意慾並敢闘精神の不足と国力の戦力化に関する具体的施策の不徹底なるとに存す。

之か為国民の繊維特に皇国伝統の忠誠心を遺憾なく発揮せしむると共に戦争遂行に必要なる最小限の戦力維持を可能ならしむる如く八、九月頃迄に完了せしむることを目途とし強力なる各種具体的施策を講するの要あり

(国立公文書館:7、昭和20年6月8日 国力の現状 C12120236300)

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