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対「タイ」措置要領 1941年11月23日

 対「タイ」措置要領(ひらがな化、一部新字体化)


對「タイ」措置要領

           昭和一六、 一一、 二三

           大本営政府連絡会議決定

一、進駐前に於ける交渉要領

1進駐直前に於ける対「タイ」外交交渉開始日時(×日前日午後六時以後と予定す)は中央より駐「タイ」大使に指示し其の決定時刻(×-1日午後六時以後×日午前零時以前とす)は陸軍最高司令官より駐「タイ」大使に連絡する所に拠る

 右連絡は×-1日午後六時前に行ふに努む右時刻迄連絡なき場合は連絡ある迄交渉を差控ふるものとす

2(イ)前号交渉に際し駐泰大使(陸海軍武官同行)は「ビブン」に対して外交的手段に依り日本軍の通過容認並に之に伴ふ諸般の便宜供与及ひ日「タイ」両軍衝突回避措置の即時実行を要求し「ビブン」か之を応諾するに於ては文書を作らす直に之か具体的措置を講せしむることとするか或は別紙要領に基く協定を作成す(尚本件妥結の際は「タイ」側の反対なき限り進駐後右を公表するものとす)

 (ロ)「タイ」側か要求に応せさる場合は日本軍は予定通り進駐を開始する旨を通告し極力「タイ」軍をして抵抗せしめさる様各種の措置を執らしむることを要求す

  (ハ)「ビブン」か失脚又は辞職せる場合には(英軍進駐の結果たる場合を含む)後継者又は後継者たるへきものと前記要領に基き交渉するものとす

   但し交渉相手なき場合は機を失せす機宣の措置を講す

 3交渉の模様は特に大使(武官)より現地軍に速報するものとす

二、交渉と中「タイ」進駐の関係

仏印より陸路進駐する部隊の進駐開始並盤谷に対する直接上陸開始時機は陸海軍中央協定に基き状況之を許す限り日「タイ」両軍の衝突を回避する如く陸軍最高指揮官之を決定するものとす

但し上陸部隊の行動に関しては現地陸海軍指揮官協議決定す

三、進駐に伴ふ諸交渉

1進駐に関する交渉に伴ひ現地陸海軍最高指揮官は駐「タイ」陸海軍武官をして軍事に関する交渉を開始せしむ

2駐「タイ」大使の行ふ爾後の交渉事項中には所要軍費の借款等を含むものとす

四、進駐前に英軍か「タイ」領に侵入せる場合に於ては機を失せす軍は駐「タイ」大使に通報し先つ交渉を開始したる後「タイ」に進駐す

 此の際駐「タイ」大使は左記に準し措置するものとす

 又駐「タイ」大使か先つ前記状況を察知したる場合には機を失せす現地軍に通報し「タイ」側との交渉を開始す本情況に於ける交渉開始の時機は陸軍最高指揮官の連絡する所による

       記

1直に「ビブン」に対し英軍の進駐は「タイ」の同意に基くものなりや否やを質し前者の場合には右に厳重抗議すると共に日本軍に対しても我方の自衛の必要上同様進駐せしむる様要求し後者の場合には日本軍は「タイ」の救援及緊急事態に対する自衛措置として進駐を要求す 何れの場合も「タイ」側をして日本軍との衝突を回避する様「タイ」側に措置せしむるものとす

2本情況に於ける交渉に於ては特に我か戦争企図を暴露せさることに万全の注意を払ひ単に「タイ」への進駐行為として交渉を行ふ

右駐「タイ」大使の交渉に伴ひ軍事に関する諸交渉は三により之を行ふ

五、在「タイ」大使館、領事館員及在留邦人の生命、財産並に帝国権益の保護に関しては駐「タイ」大使及現地陸海軍は相協力して万全の措置を講するに努むるものとす


別紙

坪上「ビブン」協定案

本日吾等両人間会談の結果左記の諸点に関し完全に意見の一致を見たり

一、日「タイ」両国は「タイ」国の共同防衛を約す

二、「タイ」国は日本国に対し右に必要なる軍事上の協力(日本軍の通過容認並に之に伴ふ諸般の便宜供与及ひ日「タイ」両軍衝突回避措置の即時実行を含む)をなす

三、前二項の実施細目に就ては当該官憲間に具体的話合をなす

四、日本国は「タイ」国の独立、其主権及名誉の尊重を保障し且つ「タイ」国の失地恢復に協力す

五、本件合意は他日適当の機会に両国政府間の正式の文書に作製せらるへきものなり

(注)1.交渉の情況に応し「日本軍は前記二、の軍事上の協力を必要ならしめたる事態解消したる暁には直に「タイ」国領土より撤兵す」との趣旨を約することを得

   2.尚「タイ」か希望するに於ては経済的に出来得る限り「タイ」を援助することを約すること

千九百四十一年 月 日

            署名  (坪 上)

                (ズブン)

附記1.「タイ」に対しては此の文章の性質は記録なり会談の結果を後日の為記録し置くものなりと説明す

  2.我か国内手続は右協定案五、の留保に依り必要なしとの説明をなす

  3.然れとも実質的には此の文書を以て両国は拘束さるるものとして事を運ふこととす

備考

1.一.に関し

(イ)「タイ」か攻守同盟を希望する場合には

  『日「タイ」両国は攻守同盟関係を設定す』とす

(ロ)「タイ」か三国条約加入を希望する場合には

  『「タイ」国は三国条約に加入す』とす

   尚此の場合二、の「_____右に必要なる---」を削除す

(ハ)「タイ」か共同防衛又は攻守同盟締結の何れをも希望せさる場合には一、二、三を合して一、とし左の如くす

  『東亜に於ける緊急事態に対処する為(『或は「タイ」国は東亜新秩序の建設に協力す之か為』と改むるも又は新秩序云々と緊急事態云々とを併用するも可なり)日本国に対し必要なる軍事上の協力(日本軍の通過容認並に之に伴ふ諸般の便宜供与及日「タイ」両軍衝突回避措置の即時実行を含む)をなす前項の実施細目に就ては両国軍事当局間に具体的話合をなす』

  なほ此の場合四、五を夫々原文の儘二、三とす

2.「タイ」か共同防衛又は攻守同盟の締結或は三国条約加入の何れをも希望せす単に軍事上の協力をなす場合には「「タイ」に於て希望する場合には「タイ」国の中立政策尊重を約することを得

3.四、に関し「タイ」側より仏印失地に付質問ありたる場合には坪上大使より将来時至らは帝国政府は右に対しても好意的考慮を払ふものと思考する旨応答然るへし

(国立公文書館:25、対「タイ」措置要領 昭和16年11月23日:C12120209500) 

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