国防保安法(原文:ひらがな、一部新字体化)
法律第四十九號
國防保安法
第一章 罪
第一条 本法に於て国家機密とは国防上外国に對し秘匿することを要する外交、財政、經濟其の他に關する重要なる国務に係る事項にして左の各號の一に該當するもの及之を表示する図書物件を謂ふ
一 御前會議、樞密院會議、閣議又は之に準ずベき會議に付せられたる事項及其の會議の議事
二 帝国議會の秘密會議に付せられたる事項及其の會議の議事
三 前二號の會議に付する為準備したる事項其の他行政各部の重要なる機密事項
第二条 本章の罰則は何人を問はず本法施行地外に於て罪を犯したる者に付亦之を適用す
第三条 業務に因り国家機密を知得し又は領有したる者之を外国(外国の為に行動する者及外国人を含む以下同じ)に漏泄し又は公にしたるときは死刑又は無期若は三年以上の懲役に処す
第四条 外国に漏泄し又は公にする目的を以て国家機密を探知し又は収集したる者は一年以上の有期懲役に処す
前項の目的を以て国家機密を探知し又は収集したる者之を外国に漏泄し又は公にしたるときは死刑又は無期若は三年以上の懲役に処す
第五条 前二条に規定する原由以外の原由に因り国家機密を知得し又は領有したる者之を外国に漏泄し又は公にしたるときは無期又は一年以上の懲役に処す
第六条 業務に因り国家機密を知得し又は領有したる者之を他人に漏泄したるときは五年以下の懲役又は五千円以下の罰金に処す
第七条 業務に因り国家機密を知得し又は領有したる者過失に因り之を外国に漏泄し又は公にしたるときは三年以下の禁錮又は三千円以下の罰金に処す
第八条 国防上の利益を害すベき用途に供する目的を以て又は其の用途に供せらるる虞あることを知りて外国に通報する目的を以て外交、財政、經濟其の他に關する情報を探知し又は収集したる者は十年以下の懲役に処す
第九条 外国と通謀し又は外国に利益を与ふる目的を以て治安を害すベき事項を流布したる者は無期又は一年以上の懲役に処す
第十条 外国と通謀し又は外国に利益を与ふる目的を以て金融界の撹乱、重要物資の生産又は配給の阻害其の他の方法に依り国民經濟の運行を著しく阻害する虞ある行為を為したる者は無期又は一年以上の懲役に処す
前項の罪を犯したる者には情状に因り十万円以下の罰金を併科することを得
第十一条 第三条乃至第五条、第八条、第九条及前条第一項の未遂罪は之を罰す
第十二条 第三条乃至第五条、第九条又は第十条第一項の罪を犯すことを教唆したる者は被教唆者其の実行を為すに至らざるときは十年以下の懲役に処す
第三条乃至第五条、第九条又は第十条第一項の罪を犯さしむる為他人を誘惑し又は煽動したる者の罰亦前項に同じ
第八条の罪を犯すことを教唆したる者は被教唆者其の実行を為すに至らざるときは三年以下の懲役に処す
第八条の罪を犯さしむる為他人を誘惑し又は煽動したる者の罰亦前項に同じ
第十三条 第三条乃至第五条、第九条又は第十条第一項の罪を犯す目的を以て其の予備又は陰謀を為したる者は五年以下の懲役に処す
第八条の罪を犯す目的を以て其の予備又は陰謀を為したる者は二年以下の懲役に処す
第十四条 第四条第一項、第八条、第十一条乃至前条の罪を犯したる者未だ官に発覚せざる前自首したるときは其の刑を減軽し又は免除することを得
第十五条 本章に規定する犯罪行為を組成したる物、其の犯罪行為に供し若は供せんとしたる物又は其の犯罪行為より生じ若は之に因り得たる物は其の物犯人以外の者に属せざるときに限り之を没収す裁判に依り没収する場合を除くの外何人の所有たるを問はず検事之を没収することを得
前項の犯罪行為の報酬として得たる物及同項に掲ぐる物の對価として得たる物は其の物犯人以外の者に属せざるときに限り之を没収す其の全部又は一部を没収すること能はざるときは其の価額を追徴す
第二章 刑事手続
第十六条 本章の規定は左に掲ぐる罪に關する事件に付之を適用す
一 第三条乃至第十三条の罪
二 軍機保護法第二条乃至第七条及此等に關する第十五条乃至第十七条、軍用資源秘密保護法第十一条乃至第十五条、第十九条、刑法第二編第三章、陸軍刑法第二十七条乃至第二十九条及此等に關する第三十一条、第三十二条、第三十四条、海軍刑法第二十二条乃至第二十四条及此等に關する第二十六条、第二十七条、第二十九条並に国家總動員法第四十四条の罪
本章の規定は外国と通謀し又は外国に利益を与ふる目的を以て犯したる左に掲ぐる罪に關する事件に付亦之を適用す
軍機保護法(前項第二號に掲ぐる罪を除く)、軍用資源秘密保護法(前項第二號に掲ぐる罪を除く)、要塞地帯法、陸軍輸送港域軍事取締法、明治二十三年法律第八十三號(軍港要港規則違犯者処分の件)、軍用電気通信法、国境取締法、刑法第二編第一章、第二章、第四章、第八章乃至第十一章、第十五章乃至第十八章、第二十六章、第二十七章及第四十章、朝鮮刑事令第三条、陸軍刑法第二編第一章(前項第二號に掲ぐる罪を除く)、第八章及第九十九条、海軍刑法第二編第一章(前項第二號に掲ぐる罪を除く)、第八章及第百条、治安維持法、大正十五年法律第六十號(暴力行為等処罰に關する法律)、爆発物取締罰則、匪徒刑罰令(明治三十一年律令第二十四號)、不穏文書臨時取締法、通貨及証券模造取締法、通貨及証券模造取締規則(明治三十六年律令第十四號)、明治三十八年法律第六十六號(外国に於て流通する貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造に關する法律)、治安警察法、大正八年制令第七號(政治に關する犯罪処罰の件)、外国為替管理法、關税法、昭和十二年法律第九十二號(輸出入品等に關する臨時措置に關する法律)、船舶法、航空法、電信法、無線電信法竝に国家總動員法(前項第二號に掲ぐる罪を除く)の罪
第十七条 検事は被疑者を召喚し又は其の召喚を司法警察官に命令することを得
検事の命令に因り司法警察官の発する召喚状には命令を為したる検事の職、氏名及其の命令に因り之を発する旨をも記載すベし
召喚状の送達に關する裁判所書記及執達吏に属する職務は司法警察官吏之を行ふことを得
第十八条 被疑者正當の事由なくして前条の規定に依る召喚に応ぜず又は刑事訴訟法第八十七条第一項各號に規定する事由あるときは検事は被疑者を勾引し又は其の勾引を他の検事に嘱託し若は司法警察官に命令することを得
前条第二項の規定は検事の命令に因り司法警察官の発する勾引状に付之を準用す
第十九条 勾引したる被疑者は指定せられたる場所に引致したる時より四十八時間内に検事又は司法警察官之を訊問すベし其の時間内に勾留状を発せざるときは検事は被疑者を釈放し又は司法警察官をして之を釈放せしむベし
第二十条 刑事訴訟法第八十七条第一項各號に規定する事由あるときは検事は被疑者を勾留し又は其の勾留を司法警察官に命令することを得
第十七条第二項の規定は検事の命令に因り司法警察官の発する勾留状に付之を準用す
第二十一条 勾留に付ては警察官署又は憲兵隊の留置場を以て監獄に代用することを得
第二十二条 勾留の期間は二月とす特に継続の必要あるときは區裁判所検事は検事正の許可、地方裁判所検事は検事長の許可を受け一月毎に之を更新することを得但し通じて四月を超ゆることを得ず
治安維持法の罪に付特に継続の必要あるときは検事長の許可を受け一月毎に勾留の期間を更新することを得但し通じて一年を超ゆることを得ず
検事總長又は其の指揮を受けたる検事刑法第七十三条、第七十五条又は第七十七条乃至第七十九条の罪の捜査の為特に継続の必要あるときは一月毎に勾留の期間を更新することを得但し通じて六月を超ゆることを得ず
第二十三条 勾留の事由消滅し其の他勾留を継続するの必要なしと思料するときは検事は速に被疑者を釈放し又は司法警察官をして之を釈放せしむベし
第二十四条 検事は被疑者の住居を制限して勾留の執行を停止することを得
刑事訴訟法第百十九条第一項に規定する事由ある場合に於ては検事は勾留の執行停止を取消すことを得
第二十五条 検事は被疑者を訊問し又は其の訊問を司法警察官に命令することを得
検事は公訴提起前に限り証人を訊問し又は其の訊問を他の検事に嘱託し若は司法警察官に命令することを得
司法警察官検事の命令に因り被疑者又は証人を訊問したるときは命令を為したる検事の職、氏名及其の命令に因り訊問したる旨を訊問調書に記載すベし
第十七条第二項及第三項の規定は証人訊問に付之を準用す
第二十六条 検事は公訴提起前に限り押収、捜索若は検証を為し又は其の処分を他の検事に嘱託し若は司法警察官に命令することを得
検事は公訴提起前に限り鑑定、通訳若は翻訳を命じ又は其の処分を他の検事に嘱託し若は司法警察官に命令することを得
前条第三項の規定は押収、捜索又は検証の調書及鑑定人、通事又は翻訳人の訊問調書に付之を準用す
第十七条第二項及第三項の規定は鑑定、通訳及翻訳に付之を準用す
第二十七条 刑事訴訟法中被告人の召喚、勾引及勾留、被告人及証人の訊問、押収、捜索、検証、鑑定、通訳並に翻訳に關する規定は別段の規定ある場合を除くの外被疑事件に付之を準用す但し保釈及責付に關する規定は此の限に在らず
第二十八条 外国船舶又は外国航空機法律又は之に基きて発する命令に依る禁止又は制限に違反し当該禁止又は制限に係る區域に侵入したる場合に於て検事捜査の為必要あるときは其の船舶若は航空機に對し指定の場所に廻航すベきことを命じ若は之を抑留し又は其の船舶若は航空機の長、乗組員及乗客に對し指定の場所に滞留すベきことを命ずることを得
検事は前項の規定に依る処分を司法警察官に命令することを得
前二項の規定は第十六条に規定する罪以外の罪に關する事件に付亦之を適用す
第二十九条 弁護人は司法大臣の予め指定したる弁護士の中より之を選任すベし但し刑事訴訟法第四十条第二項の規定の適用を妨げず
第三十条 弁護人の数は被告人一人に付二人を超ゆることを得ず
弁護人の選任は最初に定めたる公判期日に係る召喚状の送達を受けたる日より十日を經過したるときは之を為すことを得ず但し已むことを得ざる事由ある場合に於て裁判所の許可を受けたるときは此の限に在らず
第三十一条 弁護人は審判を公開したる公判廷に於て口頭弁論を為す場合には国家機密、軍事上の秘密、軍用資源秘密又は官庁指定の總動員業務に關する官庁の機密を陳述することを得ず此の場合に於て弁護人は其の事項を記載したる書面を提出して陳述に代ふることを得
第三十二条 弁護人は訴訟に關する書類の謄写を為さんとするときは裁判長又は予審判事の許可を受くることを要す
弁護人の訴訟に關する書類の閲覧は裁判長又は予審判事の指定したる場所に於て之を為すベし
第三十三条 第十六条第一項に掲ぐる罪又は外国と通謀し若は外国に利益を与ふる目的を以て同条第二項に掲ぐる罪を犯したるものと認めたる第一審の判決に對しては控訴を為すことを得ず
前項に規定する第一審の判決に對しては直接上告を為すことを得
上告は刑事訴訟法に於て第二審の判決に對し上告を為すことを得る理由ある場合に於て之を為すことを得
上告裁判所は第二審の判決に對する上告事件に關する手続に依り裁判を為すベし
第三十四条 裁判所は外国と通謀し又は外国に利益を与ふる目的を以て第十六条第二項に掲ぐる罪を犯したるものと認めたるときは其の旨を判決に摘示すベし
前項の摘示を為したる第一審判決に對し上告ありたる場合に於て上告裁判所外国と通謀し又は外国に利益を与ふる目的を以て犯したるものに非ざることを疑ふに足るベき顕著なる事由あるものと認むるときは判決を以て原判決を破毀し事件を管轄控訴裁判所に移送すベし
第十六条に掲ぐる罪を犯したるものと認めたる第一審判決に對し上告ありたる場合に於て上告裁判所同条に掲ぐる罪を犯したるものに非ざることを疑ふに足るベき顕著なる事由あるものと認むるとき亦前項に同じ
第三十五条 上告裁判所は公判期日の通知に付ては刑事訴訟法第四百二十二条第一項の期間に依らざることを得
第三十六条 裁判所は本章の規定の適用を受くる罪に關する訴訟に付ては他の訴訟の順序に拘らず速に其の裁判を為すベし
第三十七条 第十六条に規定する罪に該る事件(陪審法第四条に規定するものを除く)は之を陪審に付せず
第三十八条 刑事手続に付ては別段の規定ある場合を除くの外一般の規定の適用あるものとす
第三十九条 本章の規定は第二十一条、第二十二条、第二十八条、第二十九条、第三十条第一項、第三十三条、第三十四条及第三十七条の規定を除くの外軍法會議の刑事手続に付之を準用す此の場合に於て刑事訴訟法第八十七条第一項とあるは陸軍軍法會議法第百四十三条又は海軍軍法會議法第百四十三条、刑事訴訟法第四百二十二条第一項とあるは陸軍軍法會議法第四百四十四条第一項又は海軍軍法會議法第四百四十六条第一項とし第二十四条第二項中刑事訴訟法第百十九条第一項に規定する事由ある場合に於てはとあるは何時にてもとす
第四十条 朝鮮及臺灣に在りては本章に掲ぐる法律は制令又は律令に於て依る場合を含む
朝鮮に在りては第二十二条第三項中刑法第七十三条、第七十五条又は第七十七条乃至第七十九条とあるは刑法第七十三条、第七十五条若は第七十七条乃至第七十九条又は朝鮮刑事令第三条とし第三十五条中刑事訴訟法第四百二十二条第一項とあるは朝鮮刑事令第三十一条とす
朝鮮に在りては本章中の司法大臣とあるは朝鮮總督、検事總長とあるは高等法院検事長、検事長又は検事正とあるは覆審法院検事長、地方裁判所検事又は區裁判所検事とあるは地方法院検事とす
臺灣に在りては本章中司法大臣とあるは臺灣總督、検事總長又は検事長とあるは高等法院検察官長、検事正とあるは地方法院検察官長、地方裁判所検事又は區裁判所検事とあるは地方法院検察官又は地方法院支部検察官、検事とあるは検察官、予審判事とあるは予審判官とす
附 則
本法施行の期日は勅令を以て之を定む
本法は内地、朝鮮、臺灣及樺太に之を施行す
第二章の規定は本法施行前公訴を提起したる事件に付ては之を適用せず
本法施行前朝鮮刑事令第十二条乃至第十五条の規定に依り為したる捜査手続は本法施行後と雖も仍其の効力を有す
前項の捜査手続にして本法に之に相當する規定あるものは本法に依り為したるものと看做す
(国立公文書館:国防保安法・御署名原本・昭和十六年・法律第四九号)
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