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世界情勢判断 1942年03月07日

 世界情勢判断(ひらがな化、一部新字体化、不明文字あり、附属文書省略)


        世 界 情 勢 判 断

                    昭和十七年三月七日

                    連絡会議決定

    イ、米英側の執るへき方策

米英は今後軍事的経済的財政的其他各方面に於ける協力を益々緊密化し一体となりて枢軸側戦力の低下に努めつつ他面自己戦力の急速増強を図り先つ其の対枢軸戦争指導の重点を欧州に置き「ソ」連と相提携して該方面の戦局を有利に展開せしむると共に対日反撃進攻拠点の確保強化に努め優勢なる兵力を保有するに至らは一挙対日反攻を企図すへし

即ち

(一)差当り英は米「ソ」と相携へて先つ速に独伊戦力の撃破を図ると共に地中海及西亜方面を確保し日独伊の提携阻止に努むへし

  尚英は東洋方面に於ては対日反撃並に英帝国結合保持の為め極力印度洋の制海権及印度並に豪州の確保に努むへし

(二)差当り米は英「ソ」と相携へて先つ速に独伊戦力の撃破を図ると共に豪州及印度洋方面に於ては対日反攻拠点の確保強化に努め且有力なる海上及航空兵力を太平洋方面に集中し其の一部を以て我か海上交通の妨害日本の中枢地区に対する奇襲其の他各種「ゲリラ」戦の実施に努むへし

(三)米英は援「ソ」援蒋に力を尽すへく他方「ソ」の対日牽制行動乃至に参戦に多大の期待を掛け極力之か実現に努めつつ差当り密かに東部「ソ」領に対日進攻拠点の獲得を策すへし

(四)米英は戦力向上の時機を見て対枢軸大規模攻勢に転すへく之か為日本に対しては「ソ」支と提携して大陸方面より直接我中枢部を衝くに努めつつ主力を以て豪州及印度洋方面より逐次戦略要点を奪回反撃し来る算大なり

  而して其大規模攻勢を企図し得へき時機は概ね昭和十八年以降なるへし


 (一)豪州(新西蘭を含む)の情勢

一、豪州は専ら米及英援助に頼りて戦力の増強に努め執拗に対日抗戦継続を企図すべし

二、豪州戦力増強の程度は豪と米英間の交通路の情況に依存すべく若し交通路の遮断長期に亘らば増強は不可能となるのみか戦力は低下すべし

三、豪州は漸次対英関係に於ては自主的となるべきも対米依存の度を増すべし

四、豪州国防力の隘路は人口の少きこと及工業殊に重工業生産能力貧弱なることに在りて其の強味は衣食に関しては如何なる長期戦にも対処し得る点に在り

 (二)印度の情勢

一、英米は印度の防衛を強化すると共に印蒋関係の緊密化を図り抗戦態勢の保持に努むへし

二、今后印蒋関係は援蒋「ルート」の開発計画並英印妥協に関する蒋の仲介等に関連し漸次緊密化すへし

三、英は印「ソ」印蒋関係を利用し米の支援を得て凡ゆる手段を尽して印度民衆をして対枢軸戦争に全面的に強力せしむることに努むへし

四、印度に於ける反英運動は枢軸側の戦果の拡大特に帝国の「ビルマ」占領並日独の印度孤立化方策実現するに於ては枢軸側の対印内部工作と相俟つて其の積極化を見るの可能性あり


    ロ、「ソ」連邦の採るへき方策

一、「ソ」連邦は世界長期戦化を目途としつつ米英との提携協力を強化し対独抗戦に専念するに努むへし

  此間「ソ」連邦は差当り帝国に対し現状を維持せんことを努むへし然れとも米英の強要に依りては対日参戦の虞無しとせす。特に春季独「ソ」戦か「ソ」連に有利に進展したる場合には帝国の対米英戦の推移に伴ひ帝国の戦力か低下し又は其の弾発力を失ふに於ては米英と連繫する「ソ」連邦の対日参戦を誘発するの算大なり

  又我か対「ソ」武力行使必至と判断せる場合には米に軍事基地を供与すると共に彼より進んて機先を制し奇襲的攻撃を敢行するの虞少からす

二、東部「ソ」領に於ける現兵力(狙撃師団約二〇 戦車約一、〇〇〇 飛行機約一、〇〇〇)は日「ソ」間の現状変化なき限り本春以降に予想せらるる独「ソ」戦況の推移如何に拘らす大なる変化なかるへし

三、「ソ」連邦は援蒋行為を続行するの外我領導下の諸民族に対し主として思想戦に依り撹乱を策すへし

四、現情勢に於ては独「ソ」和平の可能性なかるへし


    ハ、独伊の採るへき方策

一、独軍は本冬季間概ね対「ソ」攻勢準備を整へ得へく本年春夏の候に於て対「ソ」攻勢を再興すへし但本年中に「ソ」連兵力を徹底的に潰滅するは至難なるへく又之に依り「スターリン」政権崩壊の可能性は見込なかるへし此間速かに高架索の占領を企図すへし

二、独は其の高架索作戦の進展に伴ひ西亜に於ける英勢力の一掃を企図し帝国との連繫に努むへし

  右作戦の規模及進展の態様は一に「ソ」軍抗戦力の快復程度及独軍の攻勢準備完整程度並土国の向背如何に繋るものにして今遽に予期し難し

三、対英本土上陸作戦準備は依然之を整へつつあるも英の屈伏崩壊の微到来せさる限り当分進て之を敢行することなかるへし

  但大西洋方面に於ては依然対英封鎖に重点を置きつつ逐次対米海上交通破壊戦を強化すへく其効果は相当に期待し得へし

四、仏国に対しては逐次之を枢軸陣営に包擁するに努むへし

五、現情勢に於ては独「ソ」和平の可能性なかるへし


    ニ、重慶政権の動向

一、重慶政権は逐次抗戦力を低下し且其財政経済状態は逼迫しあるも尚■及軍の威力を背景として靭強なる抗日意識を堅持し反枢軸陣営の最後の勝利を期待しあるを以て未た抗戦意志を放棄するに至らさるへし而して此間益「ソ」連との提携強化及印度民族との接近を計ると共に抗日陣営の統一に努力するものと認めらる

二、米英の援蒋「ルート」の遮断、枢軸側戦果の拡大其他米英「ソ」依存の頼み難き情勢現出し且我国力逓増するを見るに至らは遂に其の抗戦体制の崩壊を招来すへし


    ホ、中立諸国の動向

一、仏国の動向

  仏国は依然灰色的態度の持続に努め対独協力の積極化は尚躊躇すへし

二、葡国の動向

  葡萄牙は現情勢に於ては其領土権か尊重せらるる限りなるへく長く中立的態度を維持するに努むへし

三、拉米の動向

  「アルゼンチン」「チリー」は差当り中立的態度を維持すへきも早晩米に追従するの虞大なり

四、「トルコ」の動向

  依然中立を堅持するに努むへきも本春以後独軍の高架索作戦順調に進捗するに於ては枢軸側に参加するに至るの公算多し

五、西国の動向

  西班牙は今直ちに枢軸側に参加し得さる状態に在り


    ヘ、彼我国力推移

第一、米英の戦争遂行能力

 一、米 国

米国は専ら生産部門の隘路是正及国家総力戦態勢の確立に努力し概ね一九四四年末期に至る間其の軍備及軍需生産能力は飛躍的に上昇すへし

然れとも爾後は対外依存資源、労力、輸送力等の不足により生産力の増勢漸次停滞の傾向を示す可能性あり

 二、英 国

現情勢を以て推移せは今後尚若干の戦力を増加すへし

然れとも英本国は人的資源に於て殆んと限度に達しあり物的資源亦海外特に米に依存せさるへからさる状況にあるを以て制海権並属領植民地の喪失に伴ひ逐次其の戦争遂行能力は低下の傾向を示ささるを得さるに至るへし

 三、米英戦争遂行能力の総合的観察

米英合作の綜合戦争遂行能力は強大にして我に対し優勢なる戦力を急成し且長期に亘り戦争を遂行し得る能力を有す

其の戦意も亦一般に旺盛なるものありと雖も左の如き幾多の脆弱点を包蔵しあり

  (イ)人的戦力は物的戦力に伴はさるへし

  (ロ)物的戦力膨大なるも米英特に米の政治経済機構は今尚国家総力戦に必要なる臨戦態勢を整備し居らす之か確立には今後幾多の摩擦紛糾を生すへし

  (ハ)優勢なる軍備を有するも之か進攻拠点の喪失は其の価値を大いに減殺す

  (ニ)英の戦争遂行能力は海上輸送力に依存するところ極めて大なり

  (ホ)米の海上輸送能力は国力に比し貧弱にして援英に徹底し得す

  (ヘ)米英の遮断分離か其の戦争遂行能力に及ほす影響は日独間遮断分離の比にあらす

  (ト)英国は自治領植民地等との遮断分離により遂に崩壊を来す虞あり

  (チ)米英国民は生活程度高く之か低下は其の頗る苦痛とするところにして戦捷の希望なき戦争継続は社会不安を醸成し一般に士気の衰頽を招来すへし殊に英の敗戦か米に及ほす影響は極めて大なり

  (リ)米英の結合は自然なるも米英「ソ」の提携は不自然にして其間幾多の矛盾を有す

  (ヌ)「ルーズベルト」「チャーチル」の政策は動々もすれは投機冒険に堕し国民必すしも其の指導に悦服し居らす

第二、「ソ」連の戦争遂行能力

一、現状に於ては低装備の狙撃約二〇〇師団を以てする東西両正面同時作戦の遂行は可能なるへし

 (イ)人的資源豊富なり

 (ロ)今春頃の軍需工業能力は独「ソ」開戦前の約五割なり

 (ハ)糧食は十分なり

 (ニ)「スターリン」に対する信望厚く軍民共に目下のところ抗戦意識旺盛なり

 二、高架索の喪失は「ソ」連の物的抗戦力に大なる低下を来すへきも差当り本年対独戦の遂行は支障なかるへし

三、若し「ソ」軍にして長く「レニンクラート」、「モスクワ」附近並高架索を確保するに於ては本年秋頃迄に其の能力を若干(今秋頃には開戦前の七割程度)向上すへきも爾後の増勢度は極めて緩慢なるへし

第三、独伊の戦争遂行能力

 一、独国

   現国力を概ね維持し得へし

  (イ)対「ソ」攻勢作戦遂行には差当り支障なし然れとも本年度内に「コーカサス」作戦終結せされは爾後大規模なる作戦を実施するためには石油資源不足する虞あり

  (ロ)人的資源及軍需工業能力は十分なり

  (ハ)糧食は勢力圏内の需要を概ね充実し得

  (ニ)「ヒツトラー」に対する信望厚く軍民共に戦争意志旺盛なり

 二、伊国

伊の戦争遂行能力は独に依存する所少なからす

独伊間の交通確保せらるる限り伊は其の戦力維持に大なる困難なかるへし

第四、帝国戦争遂行能力

 一、帝国か人的戦力に於て彼に比し優勢なるは贅言を要せさる所にして特に緒戦に於ける戦捷の結果武力に於ても又優位を占め得たり然りと雖物的国力に於ては楽観を許ささるものありて特に総動員物資輸送に充当し得る船舶量に依り左右せらるる所大なり

 二、軍徴傭船舶を既定計画通り実施するとせは占領地域の開発建設の進捗並船腹の増強と相俟ちて南方物資の計画量を処理するの外其の他の輸送量も亦逓増し昭和十九年の末期に至らは概ね所要の総動員物資輸送を処理し得へし

第五、結 論

枢軸側と反枢軸側との戦争遂行能力を綜合比較するに左の如く概言し得へし

枢軸側は

 (イ)現有武力に於て優る

 (ロ)相互の交通連絡困難

反枢軸側は

 (イ)経済力に於て優る

 (ロ)相互の交通連絡容易

而して東西共に緒戦の武力戦に於て敗退せる反枢軸側は己れの経済力を恃みて専ら長期持久戦に望みを嘱し戦力向上の機を俟て総反撃に転するの企図の下に目下一体となりて戦力の整備拡充に全力を傾注しありて両三年後の戦力増強は蓋し見るへきものありと言ふへし

然れとも帝国か既得の戦果を基礎とし不敗の戦略態勢を確立すると共に漸次国防の弾発力を強化し且日独伊間の交通自由となり三国か密接に協力し得るに至らは枢軸側に執り極めて有利なる情勢を招致するに至るへし


参考資料

(省略)

(国立公文書館:17.世界情勢判断(昭一七、三、七連絡会議決定) B02032972200) 

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