遼東半島還附一件/露仏独三国干渉 松本記録(ひらがな化、一部新自体化)
露独仏三国干渉要概
今回露独仏三国の干渉は必すしも意外に出てたるに非す其徴候遠く朝鮮事件発生の当初より不断聯絡したるものあり今其顛末を左に記す
朝鮮事件の起るに方て日清両国の軍兵を同時に撤回するや否やに就ては欧州強国特に露国か最も熱心に我政府に勧告し来りたるを以て本大臣は露国公使と数回の談判を重ねたる後遂に昨年六月三十日露国公使は其政府の訓令なりとて左の宣言を為せり
朝鮮政府は同国の内乱既に鎮定したる旨を公然同国駐箚の各国使臣に告け又清兵幷に日本兵を撤回せしむることに付該使臣等の援助を請へり因て本官の君主たる皇帝陛下の政府は本官に命し日本帝国政府に向て朝鮮の請求を容れられむことを勧告し且つ日本か清国政府と同時に在朝鮮の兵を撤回することに付故障を加えらるゝに於ては重大なる責に任すへきことを忠告致し候
此時に於て帝国政府は業己に数千の軍隊を朝鮮に送り又同国将来の改革に関し日清両国政府の談判は結むて解けさるの際一朝此の勧告に従ひ我か軍隊を引返すときは再ひ清国の為に誑かれ事局の平和を見るに苦しむへしと思へり然れも露国政府に公然の回答を為す以前先つ英国を牽制して露国と一致の行動を為さしめさること最も必要と察したるを以て本大臣は即日伊藤総理大臣と協議し我か駐英青木公使へ七月一日露公使よりの公文を電報し且つ左の事を申送りたり
露公使の公文に対する回答は閣議決定 勅裁を得たる上にて送附せらるへけれは其上は直に閣下へ通電すへし
清韓に対する我か要求は既に報道致し置きたる通りなり而して最初清国と協同して行はむとしたるものは今や清国に関係せす我か一手にて韓政府へ申込み居れり
在日本英国臨時代理公使は在清同国公使の旨を請けて本大臣に面し告て曰く日本政府の提議にして朝鮮国独立及び変乱予防の事に止まり属邦問題に論及せさるに於ては清国政府は之を受理するの意ありと本大臣之に答て曰く御申入の次第は彼是矛盾致し居り其意を了解するを得す併し右御申込みの次第にして苟も分明に説明せらるゝに於ては本大臣は欣然之を受理すへしと閣下は内密に英国外務大臣へ以上の事を告け且つ伊藤伯及本大臣は決して露国の差図に従わさるの決心なりとのことを申伝へられたし
其翌日を以て閣議を決定し 勅裁を仰き七月二日左の回答を為したり
去月三十日午後露国特命全権公使閣下より下名に手交せられし公文は頗る緊要に属するものなるを以て帝国政府に於ては篤と熟閲を加へたり
右公文中に朝鮮政府は同国の内乱既に鎮定したる旨を公然同国駐箚の各国使臣に通告したりと記載せられたるも帝国政府か接受したる最近の報告に拠れは不幸にも朝鮮政府の該通告は大早計に出てたりと言はさるを得す然り而して右最近の報告にして帝国政府か確信するか如く事実なるに於ては啻に事変を醸成するの原因未た芟除せられさるのみならす日本兵員を派遣するの已を得さるに至らしめたる変乱も猶ほ未た全く其跡を絶つに至らすして之か処分を要するものゝ如し而して今若し該変乱の根源にして全然掃攘せられさるときは将来又常に擾乱紛騒を惹起することを免れす
帝国政府の措置は領土侵略の意に出てたるものに非すして全く現在の形勢に対して已を得さるの必要に応するに外ならす
是故に帝国政府に於て朝鮮国内の形勢全く平穏の域に復し将来復た何等の虞なかるへしと認むるに於ては目下朝鮮に在る所の日本兵員を撤回すへきことは下名は之を露国特命全権公使閣下に明言するに躊躇せさるなり
帝国政府は露国皇帝陛下の政府か友厚なる勧告に対して謝意を表すると同時に両国政府間に幸に現存する相互の信義と好誼とに因り今下名か為せし明言は露国政府に於て十分信を置かるへきことは帝国政府の信して疑はさる所なり
露国政府は此の回答に対し最初強迫なる宣言を為したるにも係わらす表面満足を表したり然れも其裏面に於ては我か釁隙に乗し干渉の端を開かむとの野心を抱き居たること明白なり而して当時我政府は露国と直ちに葛藤を生することを避くるか為め右回答と同時に「朝鮮の独立を侵害せさる事、清国軍隊より攻撃し来らさる間は我は常に防御の地位を取るへき事」、の二個の条件を約したり第二の条件は豊島の役に於て清国の軍艦より我軍艦に向て先つ砲撃を始めたるに因り自然に日本政府の責任は解けたれとも第一の保証即ち朝鮮の独立を維持するの条件に於ては当初より今日に至るまて日本政府の責任となり来り居れること勿論なり而して其後牙山及平壌の戦捷ありし以来欧州各国の日清両国を観察するの見解は稍〻初めに異なりたる如き感ありと雖も其間友誼若くは一般平和の為めたる名を以て速かに干戈を戢むへしとか若くは余り極度迄戦争を継続すへからすとかの忠告ありたることは殆と各国一様にして或は連帯し或は特別に之を為したり二十七年十月八日東京駐在英国公使は本大臣に面会し口頭を以て其政府の意として左の如きことを申出たり
各強国に於て朝鮮の独立を担保する事、及清国より償金を払はしむる事、を条件として戦争を息止すれは如何是に就ては露国公使よりも同様の勧告あるへしと云へり
然るに此間本大臣窃かに以為らく英露の東洋に於ける利害は従来相同ふすること能はさるものあるは明白なれも現今の形勢に於て日本か清国を極度迄に押付け同国か四分五裂となるに至ることは英露各〻其底意を異にするも共に之を欲せさるへきを以て或は奇怪なる英露同盟の勧告を来たすも保し難しと因て此際外交手段に依り英露の間を分裂せしむるの手段を施したり然るに英国政府は其首相「ローズベリー伯」か「ギイルドホール」の宴会に於て演説したる如く各国連合して日本に勧告せむことを各国へ照会したる由なれも露国を始め之に対して応するものなく遂に英国の輿論迄も英政府の処分に反対するに至りたるの感あり即ち「タイムス」は其十月十日の社説に於て英国の干渉政略に対し左の如く論したり
日本は連戦連勝の際容易に其大望を棄てさるへし故に交戦を息止することは勿論暫らく之れを中止せしめむと企つるも決して成効の見込みなきこと瞭かなり但し非常の大軍を派出し之れを後盾とし戦争を停めむとせは或は其詮あるへけれとも是れ決して為し得へきにあらさるは復た論を俟たす故に居留欧州人を保護する外に交戦国を圧政的に抑服せむと企つるものは自から困難の地位に陥り東洋に於ける最強国の為めに敵視せらるゝに至るへきなり要するに局外国は日清国際の紛議を決するに全く之れを該両国の干戈に任せさるへからす
右の如き状況なるを以て日清交戦の結局は表面上より云へは単に日清両国の事件なれとも多少欧州諸国の利害若くは想像的の利害に関係することなしに無事に平和に帰すへしとも思はれす故に英国政府より干渉の際に一書を在広島なる総理大臣に寄せ左の甲乙案を具し同大臣の意見を問ひ其同意を得は 勅裁を得むことを以てしたり
(甲案)
一、清国に於て朝鮮の独立を認め且つ朝鮮の内政に干渉せさる永久の担保として旅順口及ひ大連湾を日本に割与する事
二、清国は日本に向てを軍備を償還すへき事
三、清国は其欧州各国と締結の条約の基礎にて日本と条約を締結すへき事
清国は以上平和に復する為の条件を満たす迄の間日本政府は向かって充分の担保を与うべき事
(乙案)
一、各強国にて朝鮮の独立を担保する事
二、清国は台湾全島を日本に割与すべき事
三、清国は日本に向かって軍費を召喚すべき事
四、清国は其の欧州各国と締結の条約の基礎にて日本と条約を締結すべき事
清国は以上平和に復する為めの条件を満たす迄の間日本政府へ向て充分の担保を与ふへき事
此の意見は即ち今回日清媾和条約の殆と基礎とも謂ふへきものにして総理大臣は其第一案に同意を表し来りとも尚ほ暫らく之を外国に発表することを見合わすへしとの意見に由り英国へは十月二十三日左の如き回答を与へ置きたり
帝国政府は英国皇帝陛下の政府をして質義を発せしむるに至りたる所の好誼を十分に感謝す今日に至るまて勝利は日本の軍隊に伴ひたり然れとも帝国政府は戦争の現状に於ては尚ほ事体の進歩を以て満足なる談判上の結果を保証するに足るものと思考する能はす因て帝国政府は戦争を終結する条件如何に関し其意思を発表することを見合すの已むを得さるを認む
又合衆国大統領は日清間の戦争永く継続するに於ては他の強国より干渉を来たし随て日本の不利益となるを慮り友誼上より両国間の平和の為め仲裁の労を取ることに関し帝国政府の意向を知り度旨を以て十一月六日在本邦同国公使に左の通り訓令したり
痛嘆すへき日清両国間の戦争は亜細亜に於ける北米合衆国の政客を危殆ならしむるものに非す両交戦国に対する我国の意向は友誼を重し不偏不等中立を守り両国の幸運を希望するに外ならさるなり然れも若し争闘久しきに亘り海陸に於ける日本軍の運動を限制するの道なきに於ては該地方に利害の関係を有する他の諸国より日本将来の安全幸福に不利なる要求を為し戦争の終結を促すに至るも亦保し難し米国大統領は従来日本に対し最も厚き好意を抱くか故に若し大統領にして平和の為め日清両国双方均しく名誉を棄損せさる如き仲裁の労を執らむとせは日本政府に於ては之を承諾すへきや否を探知することを閣下に訓令す
米国公使は右の訓令を本大臣に示し帝国政府の意向を承知し度旨申出てたれも本大臣の所見にては未た平和の談判を開くの時機にあらすと信したるに因り総理大臣とも協議の上十一月十七日左の通り回答し置きたり
日清両国間の和睦の為めに調停の労を執らむと欲せらるゝ合衆国政府の厚情は帝国政府の謝する所なりと雖も交戦以来今日迄帝国兵力に因て到る処全勝を獲たれは今戦を息むる為めに友国の協力を乞ふことを要せすと思考す但し帝国政府に於ては今回の戦争より生すへき正当の結果を収むることを確保するに足るへき限の外は徒に勝に乗して意を逞ふせむとするに非す尤清国政府より直接に帝国政府に向て媾和の議を開くに至るまては帝国政府は右の限に達したるものと看做すこと能はす
然るに其後日清戦争の事体は日一日に進歩し第一軍は九連城、鳳凰城より殆と海城、柝木城に進み第二軍は金州大連湾を陥れ遂に旅順口を占領し将に威海衛を攻撃せむとするの際に及ひ殆と各国政府は連合して日本政府か兵馬を以て清国の版図を蹂躙し四分五裂の悲境に陥らしむるの結果を生することは各国政府の袖手傍観し能はさるところなり又日本政府に於て支那大陸の地を割譲せしむることは各国中多少異議あるへきの旨を以てしたり然れとも此の勧告は各国甚た熱心なる様にも見へす又大陸の地を日本に割与することは各国の内に異議あるへしと雖も其当局勧告者の自国の利害に関すると云ひたるものは一人もなし然るに此際恰も清国政府は平和条約を締結する為めに使臣張蔭桓、邵友濂を本邦に派遣する旨米国公使を経て通知し来りたり故に我は之を広島に迎へて談判することに廟議一決し本大臣は平和条約の基礎を草し閣議決定の上之を広島に携へ御前に於て重要な文武官と更に之を再議し一統同意の上 勅裁を得て之を条約案の基礎とし張蔭桓等か来りたる上開談するの準備を為したり当時御前会議に於て総理大臣の演説は左の如し
博文か今茲に謹て聖明の聴に達し併せて麾下の帷幕に参与する文武各官に向て陳述せむと欲するものは今回清国政府は媾和の為め使節を我国に派遣し其来朝将さに邇きに在らむとす因て該使節に会見するに先たち外務大臣と協議し種々の審査に従事し別冊媾和予定条約案を草し之を閣臣の議に付し其協同一致を経たり惟ふに今回の日清事件の如きは我朝開闢以降未曾有の大事件にして幸に 陛下の御威稜に頼り開戦以来今日に至る迄海に陸に到る処捷を奏して以て我国の武威を耀し又第三国より干渉の端を啓きたるも時に及て之を擺脱して其甚しきに至らしめす以て今日に至りたりと雖も本件の結果如何に依ては実に我国将来の隆替に関する所あれは今此の異変の局を収むるには冝く慎重に熟籌し時を鑒み機を察し以て之に適応するの計を講せさるへからさるは亦言を待たさるなり
抑〻宣戦媾和の大権は素より 陛下の掌握し玉ふ所なりと雖も廟謨を確定せらるゝには豫め先つ時局の責に当る閣臣の心を悉して妥籌すへきと同時に飽迄帷幕の議に参する諸臣か協同一致する所あるを期せさるへからす然り而して宸断一たひ下りたる上は当局者は冝く之を奉行するの責に任すへく又帷幕の臣僚は他日之に対して毫も異議を挟むへからさることたり何となれは閣臣と云ひ又帷幕の臣と云ひ均しく皆 陛下に左右して互に文武両班の上位を辱ふするものにして恰も車の両輪鳥の両翼あるか如くなれは各〻相駢行均動して以て人身の肢体か其頭脳の指命に応して常能を顯はすか如くなるへし此の如く苟も廟謨を画策する所の閣幕両臣の意思一に帰するに於ては縦ひ世上に如何なる物議ありとも敢て顧慮するに足らさるなり
此の媾和預定条約中の欵項は今回日清両国か交戦に至りし主因たる朝鮮国独立の件、将来戦略上に必要なる土地譲与の件、軍費賠償の件、及将来帝国臣民か清国に於ての通商航海の便益に関する件、等を以て其主眼とし其他は其重要の度右数件に次くものにして都合十個条を以て成立せり
尤今回来朝の清国媾和使との会合に就ては十中八九は妥当の了局を見ること覚束なしと信すれとも彼に於て苟も斯る場合に於ての萬国普通の慣例に遵ふて来朝する上は我に於ても亦国際法の常規に依り之に応すへきは固より多言を要せさる所なり然り而して今若し仮りに清国の為めに計るときは此上にも尚ほ連戦連敗を招き竟に城下の盟を為さゝるへからさるか如き地位に陥るよりも寧ろ今に於て仮令多少其予期外の譲与を為すも此の変局を収結すること得策なるへけれとも博文か清国を知る所を以て察するときは所詮彼は将来危難を避くるか為めに今日に当りて断然決心する所あるへしとは信せられす若し果たして然るときは今度仮令双方の全権委員相会合するも蓋し一の成議を見るに至らすして終わるへしと推測するものなり然りと雖も若し萬一にも予期する所に反し清国に於て大に決心一番せし所ありとせむか此回の会合にて本件の収局を告くることなしとも云ふへからす
清国媾和使との談判の成否を論せす若し一旦講和の条件を明言するに於ては因て以て第三国の容喙干渉を招致することなきを保せす否殆と免るへからさるの数なりとす但し其干渉の如何なる性質なるへきや又如何なる度合なるへきやの点に至ては仮令如何なる賢明なる政治家と雖も固より之を予測すること能わさる所にして況むや他国をして毫も干渉せしめさるへしとの保証を為すことは尚更能はさる所なり而して斯る干渉にして早晩竟に免るへからさるものとするときは時機を察し外交上の手段に依り弛張操縦其宣を得るを務めることは勿論なるへけれとも原来斯る場合に当て各強国か執る所の政略方針に至ては樽俎の間に之を他に転せしむること能はさる例往々多きか故に万一斯る干渉を来り試ることあるときは右第三国の意向を斟酌して清国に対する我か条件を多少変更せさるを得さるに至るへきか又は寧ろ更に他の強敵を加ふるも飽迄我か廟算の在る所を維持して動かさるかに至ては未来の問題に属すれは其時に応して更に評議を画すへきことゝす
要之今日此局を収結せむとするには文武両臣各其心一にし成算を鞏守して深く其秘密を保ち外間をして毫も之を窺知せしめす終始一轍に之を貫行することを要す而して其談判の衡に当る者に至ては廟謨を奉行するの責に任すへきものになれは其人を遴選して 大命を下さるゝことは一に 陛下の聖裁に是れ依るへきなり
以上奏陳する所の梗概は謹むて 陛下の聖鑒を仰くと同時に茲に列席せらるゝ所の文武両臣の深く省察を加へられむことを乞ふ
然るに閣議既に経、文武官の協議既に整ひ勅裁既に降し玉ひたる上は此案即ち条約の基礎たるへくして一言に云へは清国に向て戦争の結果として日本政府か要求する所の条件は画く此案に含蓄するものなり故に本大臣は先つ総理大臣に向ひ各国の干渉は到底早晩免れさるものとせは清国と談判するに先たち此条約案に在るところの条件の大意を以て欧州各国就中英露等の内意を取極め置くこと得策に非すやとの議を提出したり然るに総理大臣は各国の干渉は到底免れさるものとするも今之を各国に提出し其内諾を得むとせは必す彼より多少の容喙を来たすことを期せさるへからす或は此条件中に対し痛く異議を唱ふるものなきを保せす然らは我政府か清国に向ひ要求せむとする条件中先つ各国の異議あることを前知し居るにも係はらす之を要求せさるを得さるか若くは強て各国の異議を避けむとすれは此の条件中より先つ某々の条項を削除せさるを得さるかの困難を生すへし寧ろ我は清国に向ては我か要求せむとするところの極度まて要求すへし語を換へて云へは清国に向ては戦争の結果を全く収め後他の強国より異議あるときは更に評議することゝしては如何との議あり本大臣も直ちに之に同意したるのみならす当時大本営に列したる重要の文武官も亦皆総理大臣の説を賛成したり然るに清国使臣張蔭桓等は其携帯するところの全権委任状の不備なるか為めに平和条約の本題に入ること能はすして遂に之を拒絶せさるを得さるに至りたり其大意は伊藤全権総理大臣か同会議席に於て左の如く演述したり
本大臣か今同僚と倶に将さに採らむとするの処置は論理上已むことを得さるの結果に出つるものにして其責素より本大臣等に帰すへきに非す
従来清国は殆と列国と全然暌離し時に或は列国の社団に伍伴する為めに生する所の利益を享受したることあるも其交際に伴ふ責守に至ては往々自から顧みさることあり清国は常に孤立と猜疑とを以て其政策とす故に其外交上の関係に於ては善隣の道に必要とする所の公明と真実とを缼くや冝なり
清廷の欽差使臣か外交上の盟約に付公然合意を表せし後却て飜然として之に調印することを拒み或は儼然既に締結したる条約に向て更らに明白なる理由もなく漫然之を拒否せるの実蹟一にして足らす
右等の実蹟に就て之を徴するに当時清廷の意中操持するの誠実なく其談判の局に当れる欽差に至ても亦必要なる権利を委任せられさること比々皆然をさるなきを見るへし
故に今日の事ある当初に於て我帝国政府は先つ既往の事実に鑑み全権の定義に協はさる清廷の欽差とは一切談判を避くるの決意を以て断然媾和談判を開くに当り清廷の委任者は媾和締結に対する全権を有せさるへからさるを以て豫め一の条件となしたり而して清廷は此の条件を恪遵して其全権者を我国に派遣せられたりとの確然たる担保を認め我大日本 天皇陛下は本大臣幷に同僚に委するに清廷の全権者と媾和の予定条約を締結し之に調印するの全権を以てし給へり
清帝は既に此の担保を為したるに拘はらす両閣下の委任権の甚た不完全なるは清廷の意未た和を求むるに切ならさることを確認するに足るへし
昨日此席に於て交換したる双方の委任状は一見以て其軒輊の甚しきを知る殆と批判を俟たすと雖も茲に之を指摘するも敢て徒為の業ならさるを信す即ち一は開明国慣用の全権の意に適ふも他は全権委任に須要の諸項幾と悉く欠乏したること是れなり加之両閣下か携帯せられたる委任状は閣下等か談判せられへき事項を明かにせす又何等訂約の権利を与えす且つ両陛下の所為に対する清国皇帝陛下事後の批准に就ても一言する所なし之を要するに閣下等に委ねられたる職権は本大臣及同僚か陳述する所を聞て之を貴政府に報するに止まるものと謂はさるへからす事既に茲に臻る本大臣等に在ては此上談判を継続すること決して能はさる所なり
或は云はむ今回の事に於ては敢て従来の慣例に背むきたるものに非すと
本大臣は断して此の如き説明を以て足れりとする能はす清国内地の慣例に至ては本大臣素より之に容喙するの権なし然りと雖も我国に関連する外交上の案件に至ては清国特殊の慣例は国際上の法則に凌駕せられ裁抑を受けさるへからさることを主張すへきは独り本大臣の権利なるのみならす又本大臣の義務なりと信す
抑〻平和の克服は至重至大の事なり今再ひ輯睦の道を啓かむとせは固より之を目的として条約を締結するの必要なるのみならす其互に締約するところも亦必す之か実践を期するの誠衷なかるへからす
媾和の事に関しては我帝国より進むて清国に求むへき理由を見すと雖も我帝国は其代表せる開明の主義を重むするを以て清廷か至当の道軌を履み其緒を開くに於ては之に応するの義務ありと信す然りと雖も無効の談判若くは紙約に止まるの媾和に参与するか如きは将来堅く謝絶する所なり我帝国は一旦締約したる所の条件は必然之を実践すへきを明言すると同時に清国に向ても亦此の如く其履行を確めさるへからさるなり
是故に清国か切実信誠に和を求め其使臣に委ぬるに現実の全権を以てし且つ其締結せる条約の実践を担保するに足るへき名望官爵ある者を択むて此の任に当らしむるに於ては我帝国は更に談判に応するを拒まさるへし
当時本大臣か携帯したる所の条約本案は遂に清国使臣にも示めさすして談判は破裂するに至りたり然るに是れより先き各国政府就中露国よりは平和条約の条件を知るらむことを欲し且つ露国は日本、清国及朝鮮に鄰する国なるか故に日本政府か抱持する意見を聞き又露国の意見をも言ひ互に其意見を交換するの権利ありと主張し居たる際にして即ち最初よりの干渉を継続せむとするの深意ありたること顯然たり然るに清国に使節の来朝せさる以前に在りては我政府は戦争の結末如何に由り其条件を定むることなるを以て今豫め之を明言すること能はすとの答へは事実は兎も角も論理上言ひ得へき事なりしも既に清国の使節か一回来朝したる上は我政府の提案なきを得さるに付是迄露公使等に隠蔽したる如く最早長く之を秘すること能はさる場合となり又多少其端緒を露国政府に知らせ置くも後難を避くるの一策ならむと思ひたるか故に広島より帰京の際篤と総理大臣とも評議し時機を見計ひ露国公使には大体の趣意を話すへきことゝしたり然るに清国政府は張蔭桓等の全権委任状の不備なりしか為めに談判破れたることを遺憾とし更に完全なる全権委任状を携帯し清国政府中重要の職に在るものを再ひ日本へ派遣し平和条約を訂結せむことを申来りたるに際し露国公使は二月十四日を以て本大臣を外務省に訪ひ其政府の訓令なりと称し再ひ日露両国間に於て意見を交換するは両国の為めに有益なる旨を説出したるに由り本大臣は其機に乗し我政府は清国との戦争の結果として請求するところは充分に其請求を遂け得へき権利あり而して今日の場合となりては土地の割譲は是非とも請求せさるを得さることゝ思へとも之か為めに他国特に露国の利害に関することあらは前以て承知致置度左すれは其露国の利害に関する事に就ては成丈我政府に於て之を避け得へき準備を為さゝるへからす腹蔵なく申聞けられたしと述へたるに露国公使は貴国に於て清国より土地を取らるゝことは勿論の事なり然れとも露国は太平洋の沿岸に於て自由の通路を得むことを欲するを以て会て貴政府に於て言明せられたる如く朝鮮の独立をさへ確めらるゝに於ては其以外に別に言ふへきことなしと答へたり且つ殆と同行使の私話の体を以て台湾を割譲せしむることに於ては露国は固より異存なかるへきも大陸中に地面を取らるゝことは日本国の為め決して得策にあらすと思ふと言ひたるに付本大臣は之に対し今御相談する所は此事に関し露国の利害を知らむと欲するものにして日本自己の利害得失に至ては自ら本大臣等か計画するところあるへしと言ひたるに露公使は話頭一変して大陸の地を取らるゝことは欧州中に於て多少異議を唱ふるものあるへしと言へり此の前後の口気を以て見れは帝国の遼東半島を略取することは露国に於て必す異議を唱ふへきことは推察するに餘りありと雖も彼より明言せさるものを我より之を挑発するの必要なきを以て更に本大臣は同行使に向ひ今本大臣か貴公使と問答するところのものは露国の利害を知らむと欲する為めにして他の欧州各国の利害に至ては或は本大臣は其利害を有する国と直接に相談するやも計り難けれは今是に於て貴公使と御相談するの必要なきことゝ思ふ兎も角も事の大小に拘はらす貴国政府は朝鮮の独立を確認するの外何か此件に関し利害の観念を懐かるゝやと問ひたるに同公使は今別に言ふことなきも若し日本軍隊か直隷を進撃するに至らは大に露国と清国との茶業貿易を妨害するに付右は充分御注意あらむことを謂ふと言ひたるのみ
前に陳へたる如く清国政府よりは愈〻更に全権委員を派遣すへきこと確然したるに因り帝国政府は二月十六日米国公使を経て口上書を以て左の通り清国政府へ申入れたり
日本国政府は清国全権委員に於て償金支払及ひ朝鮮の独立を認諾するの外に戦争の結果として土地の譲与を為すこと及ひ将来の交通を律する為め確定条約を訂結することを基礎とし全権を以て商議する積りにて来るにあらされは清国より再ひ媾和使節を簡派するも其益なかるへきことを言明す
又此他之に次くへき緊要の問題にして別に規定を要すへきものあり
日本国政府は此外必要若くは便宜と認むるものあれは何時も更に其要求を提出し得へき権利を保有す
然るに清国政府は米国公使を経て右の請求を承諾したる旨を申来りたるを以て清国政府に於ては朝鮮の独立を認め償金を払ひ土地を割譲し及ひ新たに欧米各国と清国との間に締結したるところの条約を基礎としたる通商条約を結ふの四要点に於ては先つ承諾したるの形を顕はしたり
是に於て本大臣は林外務次官をして露国公使に面会し日本政府か清国政府に要求する条件は云々なりと前の四要点を告けしめたるに其後二月二十四日露国公使は其政府の訓令なりと称し露国政府は日本に於て朝鮮の独立を名義上に於ても事実上に於ても侵害せさる限りは他の事に就ては敢て異議を唱ふるものに非す若し日本政府此事を保証せらるゝに於ては日本より清国に申出てたる条件に関し充分の全権を有する使節を派遣する様露国政府より清国政府に勧告し又他の強国へも露国と同一の方針に出つることを勧誘するも差支なき旨申出たり因て本大臣は二月二十七日左の通りの口上書を同公使へ交付したり
本月二十四日露国公使閣下より口頭にて開陳せられたる所に依り帝国政府より西公使へ発送せし電信中に記載せし所の媾和の基礎は若し日本国にて露国政府か単に属望し居るか如く見ゆる所の朝鮮国の独立を認むるに於ては右の基礎を肯諾することを清国に勧告し且つ其他の強国を勧誘して清国政府へ同様の勧告を為さしむることに付露国政府の賛助を得へきことを知悉せしは帝国政府の欣悦する所なり
露国公使閣下より此の宣言ありたるに付ては帝国政府は茲に日本国か朝鮮国に対する政略方針は更に変せしことなく帝国政府は名実共に朝鮮国の独立を認め居ることを宣言するに躊躇せさるなり
其後茶業貿易の事に付三月十二日左の通り申来りたり
露国の茶業貿易は漢口より天津に到り彼処より二つに分れ一は海路印度を経て欧州に至り一は陸路「キアクタ」に至る故に日本軍か直隷地方に進むに方り右海陸の茶業貿易を妨害せさる様日本政府と協議致し置くへき旨本国外務大臣より訓令ありたるに付外務大臣の回答を得たし
右に対し本大臣は三月十六日林外務次官をして左の通り口頭を以て回答せしめたり
直隷地方を通過する茶貿易に関する露国政府の請求に対し日本政府は其作戦進軍上萬已むを得さるにあらさる外は必す該貿易に障害を与へさらむことを露国政府に向て言明す
右の如き談判の始末なるか故に露国の深意は甚た疑訝すへきものなきにあらされとも表面上に於ては唯朝鮮の独立を確認するの外他に求むる所あるを見さるなり
是れより先き在巴里倫敦「タイムス」の通信員は日本に於て若し支那大陸の一部を略取せは各国連合して之れを防止すへしとの事に関し二月七日付を以て左の如き通信を掲けたることを加藤公使より電報せり
外国に駐箚の露国大使中目下の形勢に関し本国政府より訓令を受けたるものあり露、英、仏諸国の意向は干渉を試みむとするものゝ如く而して露国か此意思あるに付米国も亦東洋戦争の為めに惹起されたる諸問題に容喙せむとするものゝ如し而して是等諸国か適宜の場合に於て遂に干渉を為すときは必す之に依りて毫も其私利を図らさることに内決したり各国は清国に向て開港を要求するならむ但し諸国は清国か其敗戦を自認し真実に媾和を希ふを俟つへし又日本に向ては清国大陸に於ける寸土をも日本の有となすこと決して欧州の許諾し能はさる所なれとも其他の土地占有は必すしも此限にあらさる旨を提議すへし船艦、武器、其他捕品、及ひ償金の事に関しては各国より干渉を試みさるへし且つ償金支払の担保として日本か或る土地の方面を占領することは別に異議あらさるへきも各国に不利なる通商上の日清約款は之を許さゝるへし又清国は到底償金支払を外債に仰くの已むを得さるに因り欧州の通貨制度に倣ひ其組織を改むへきことを各国より要求せらるるならむ
此の「パリス」通信者とは即ち彼の有名なる「プロウヰツ」氏なること判然たり故に等閑に之を看過し去るへからすと思ひたるに由り本大臣は取敢へす在外我か各公使に訓令し其実否如何を探偵せしめたるに在英、仏、露、の公使は孰れも虚傅なるへき旨返電ありたり然れも日本に於て清国大陸の一部を略取せは或は二三の強国か多少干渉し来るへき模様は幾微の間に見へたれとも此頃迄は各国政府間に未た確乎たる協議も調ひ居らさりしか如し
又清国より李鴻章か頭等全権大臣として我国に派遣せらるへきことを確言し来り平和条約の談判も愈〻日を期して開始せらるへき際に臨み各国政府は頗る此の結局に対し深く注目し居たる状況は歴々明らかにして我か海外各公使よりも種種有益なる報道を得たり就中露国の形勢に就ては三月廿四日在米栗野公使より左の如く電報ありたり
米国国務大臣は左の如く在露米公使より得たる電信の大意を内密に本使に告けたり
露国の欲望は非常に高大なり同国は目下の葛藤に関し其勢力を清国に加へむとす又露国は清国の北部及ひ満州を占領することを希望し日本か同地方を占領すること及ひ朝鮮の保護者となることを肯諾せさるへし
三萬の露兵既に清国の北部に屯在し其兵数漸くに増加するの有様あり
露国の将官士卒は好誼ある該政府の意向を飜回せしめむと企て居るを以て遂に日露両国の利益に背馳する状況を生するに至ることあらむ
故に本大臣は頗る露国の挙動に注意するの必要を感し時々西公使に訓令し露国の意向を探らしめたれも露国政府か西公使に対し云ふところは在日本露国公使か常に本大臣に対して云ふところと略ほ同一にして未た何等の端緒をも窮知するを得す当時(三月二十日露京発)西公使より電報するところは左の如し
露国外務省亜細亜局長の談話に拠れは過般露国政府へ申出てたる清国の望求及ひ之に対する露政府の回答は其意味頗る迂濶にして確定せさるものゝ如し
清国大陸の譲与に関し本使の問に対し新任露国外務大臣は本使に答ふるに同大臣は未た此件に付露国政府の意見を云ふ能はすと雖も該譲与に対しては他諸国の之に抗議するものあらむを恐るゝ旨を以てしたり此他同大臣の談話の模様及ひ亜細亜局長の言を以て本使察するに露国政府の意向は毫も変りしことなく若し我か土地の要求にして台湾及ひ金州半島の外に出てさるに於ては露国は敢て之に対し異議を申出てさるへしと信す要するに露国の熱望する所は目下の談判を以て平和に復帰し戦争の終局を見るにあり
又其後四月十一日同公使より左の通り電報あり
露国外務大臣は今回清国との評判か永続の平和を以て結了せられ其条件を履行し能はさるか為めに再ひ平和を破る等のことなきを望むと告けたるか故に本使は同大臣に向ひ我より要求の条件は同大臣に於て厳重なりと思考せらるゝやと問ひたるに之に答へて清国公使の申すには大陸に於ける譲地は清国の最も難むする所にして償金の高は過大なりと言へり然れとも露国外務大臣に於ては未た其事情を詳知せされは何等の意見を述ふること能はすと告けたり
本月九日露国駐箚英国大使と面談の節同大使告けて曰く目下東洋の事件に関しては露国外務大臣は稍〻当惑し居るものゝ如しと又曰く日本国の要求は至当にして英国政府は我か要求に対して多分何等の抗議を為さゝるへしと
又聞くところに拠れは近頃露国陸海軍協同委員会に於て露国陸海軍は必要の場合に於て日本軍隊の北京に進入することを防止し得るやとの疑問起りたるに該委員に於て陸上にては之を為すこと能はさるも艦隊を用ひ仏国と連合せは多分之を為し得へしとの議に決したる由なり
本使に於ては兵力干渉は多分之れ無かるへしと思はるれも之を防くことに画力して怠らさるへし尤萬一の予防の為め我か海軍に於て必要の準備を為し置くこと最も可ならむ
以上縷述する所の如き始末なるか故に欧州各国特に露国か平和条約に対し何事か言ひ来るへしとは我等の予想するところにして今回の事も決して意外千萬なりとするに非さりしなり
然れとも一月二十七日廣島 御前会議の決議に従ひ兎も角も我政府は清国政府に向ては十分に戦争の結果を収め置かさるへからすと思ひ又内外の形勢を察するに目前に各強国干渉の来るときはいさ知らす将来或は干渉来るへしとの予想を基礎とし遼東半島の知を略取せさるの条約案を提出するか如きは何人も之を首肯する能はさるの事情判然たり故に我政府は今回の条約を締結するには兎も角も清国へ対し終局を決着する迄は姑く外国の事情如何を顧みす直進するの方針を取れり四月十七日下の関に於て両国全権大臣の締結したる条約即ち是なり然るに此条約を締結するの以前に在ては欧州各国政府も日本の請求する条件は大抵此の如くなるへしとの推測を下し得たるなるへきも我政府より未た会て何事も明言したることなきか為め彼等は推測を基礎として議論すること能はさるを以て其条約の結果如何を注目し居たるものと見へたり条約既巳に調印し其大綱は最早世間に秘密にするの必要なく又之を秘密に為し能はさる場合に於て已むを得す之を世間に公にするに至り三国の干渉は公然両国の条約書の某々の欵に向ひ異議を唱へ得へき地位を得たるなり
是れ露国を主として他二国の干渉し来りたる歴史の梗概にして如何なる形にて干渉し来るへしとは我等か全く予期せさりしにもあらす然るに此三国か連合し特に独逸か殆と主唱者の如き位地を占め三国連合に関係したることに就ては多少明記すへきの必要ありと思へり抑〻独逸政府は日清両国事件の始めより頗る淡泊にして口には屢〻日本に対し友誼を抱くか如く言ひたれとも裡面には其臣民か清国に戦時禁制品を売却し又は其国非職士官か清国の軍隊に助力する等に至りては毫も異議を入れたる様子なく畢竟首鼠両端にして其間単に自国の利益のみ是れ計りたるの形跡顯然たり尤独逸政府は青木公使に向て嘗て英国政府か連合干渉を各国に申込みたるとき首として之を拒絶したるは独逸政府にして日本の為めに画力したるものゝの如く云ひ做したれも英国政府か提出したる連合干渉を拒絶したるは唯に独逸のみならす他の各強国も殆と之に同意したるものなく英国内の輿論すらも之に反対したる事実なるを以て独逸か独り此の英国か提出したる連合干渉を拒絶したるに付日本へ対し大功ありとも思はれす然るに独逸は之を口実とし屢〻青木公使を経て日本に感謝の意を表せしめむとし若くは我政府より特に独逸に対し平和条約の条件に関し相談せしめむとしたるの形跡歴々微すへし現に青木公使も其意を了し四月十三日左の如く電報せり
若し貴大臣か清国より特別なる経済的利益を求めらるゝに於ては独逸国と雖も亦大に之に反抗すへし独逸国の懇切なる意向に対し日本国は諸事詳かに独逸国政府に通知すへき責務あり依て一般の激昂を和らくるに用ふる為め本使へ報告を与へられたし
依て本大臣は同月十九日取り敢へす左の電信を青木公使へ発し置きたり
日本国か通商上の利益を得たりとの為め独国に於て一般の驚懼を惹起したりとの電報に接し本大臣は大に疑訝に堪へす通商上の利益は最恵国条款の下に各国の共有し得ることなるゆへ他の邦国に於ては頗る好感情を抱き居るものありと聞く
又同公使より四月二十日左の如く来電あり
貴大臣の電信を受取りたる後独逸国外務大臣に面会せしに同大臣の意向俄かに変したるか如くにて本使に告るに日本は旅順口を領有するに於て障害を受くへしとのことを以てせり依て本使は奉天省の南部を占領することは朝鮮国の独立を鞏固ならしむる為め必要なるのみならす若し日本か其軍人の鮮血を以て得たる領土を保持すること能はされは大に其望を失ふへしとの言を以てせり本使は右の理由を述へ且つ独逸か戦争中に日本に対し示したると同様の懇篤なる政略を取られむことを乞へり外務大臣之に答て同大臣の意見にては独逸国は昨秋己に本使の請求に応し且つ独逸国皇帝陛下の勅命を遵奉し日本に対して充分の厚意を示し欧州諸国干渉の企を破り且つ其他種々の方法を以て日本を助けたり然れとも日本は其報酬として何事をも為さす独逸の利益を増進せす剰へ独逸及ひ其他欧州諸国か清国に対する通商上の関係を顧みることなくして平和の条件を専定せり之に依て独逸は最早欧州諸国協同の運動外に居る能はすと告けたり貴大臣か平和条件の細目を秘し置かるゝことは世間一般の猜疑を惹起せり独逸国外務大臣又曰く日本は平和条約中通商上の条件に依り不当の利益を得たるものゝ如しと之に対し本使より他各国も最恵国の待遇を享有するか故に清国に於て日本と同一の利益を有することを得へしと答へたるに同大臣は日本は唯に労働賃銀低廉の利を有するのみならす其国土清国に接近し居るか故に此度の条約に拠るときは日本は清国に於ける欧州諸国の通商貿易に対し実際抵抗し得へからさる競争者となるへきことを説き且つ日本か外交上の慣例に背き自儘の処置に出てたることを大に非難し且つ曰く世界は決して日本国の希望又は命令に依て動くものに非らすと
本使は豫め諸強国の交誼及ひ厚意を失はむことの危険あるを恐れ独逸国及ひ其他諸国に対し我より信任を置くことを示し以て其友誼上の助けを得さるへからさることを具陳せしか貴大臣より之に対し何等の訓令又は回答たも無かりし又媾和の件に就ては本使は日本か其媾和条件を委しく独逸国政府へ通知せさるを得さる旨申述へたり然るに之に対し何等の貴答なし
日本政府は独逸国の厚意に答ふることを怠りたる為め今や独逸国は日本に反対して他諸国と共に運動すへしと言明せり加之独逸は嚢に己に平和の条件を軽減せられ度旨日本駐箚独逸公使を経て貴大臣に勧告致し以て清国を保護せり右独逸国の姿勢たるや実に容易ならさること故之に対し相当の処置を執られむことを希望す
青木公使よりは右の如き電報を送りたることあれとも本大臣の見る所に於ては独逸は東洋の利害に就て甚た重要なる国柄にあらす又青木公使の電信中にある日本の労力か低廉なると日清両国の接近なる便利あるとか独逸の商業を害すると云ふか如き苦情は殆と兒戯に類し一顧の価なきことゝ思へり且つ独逸政府の真意は果して青木公使の電報に云ふか如く我政府か独逸政府の好意に対し充分なる謝意を表せさりしに起因したるか又は別に何か其自国の為めに避くへからさる事情ありて率然此に出てたるか其言ふところ前後矛盾甚た恠訝の間に在りし然るに其事実は今日に至り最早明白と為れり即ち日本の不注意を憤りたるか為めに此の干渉に著手したるに非すして全く欧州政略的の考より露仏か何事にも一致することを妨けむか為めに自己自ら之に加入し一方に於ては露国の歓心を買ひ他の一方に於ては露仏の連合を幾分か淡泊ならしめむとするの陰謀に胚胎したる事実は単に左に掲くる四月二十七日高平公使の電報にて伊国外務大臣の明言する所なるのみならす現に四月三十日発我駐英公使よりの来電に云へるか如く倫敦駐在独逸大使か加藤公使に内話したる意味に於ても独逸政府は自家脚下の火災を避けむとし之れを隣家なる日本に移したるものにして決して日本か彼の好意に対し報酬せさりしか為めに発したるものに非さること瞭然たり
(高平公使よりの来電)
媾和条件に対する独逸の意向に関し本使は伊国外務大臣と長時間に亘るの会見を為したり其節同大臣は密かに本使に告くるに左の事を以てせり
独国は伊国の協同を望みたれも伊国は之を拒絶したり今回独逸をして動かしめたる底意は全く之に由りて欧州大陸の政略上に於ける仏露同盟を断ち遂に仏国をして孤立の地位に立たしめむとするに在り然れとも独逸をして露国を合同して余り威力を逞ふせしむるは許すへからす或る程度に於て其勢力を遏止せさるへからさるなり斯る事情なるか故に若し英、伊、米の三国をして結合せしめ日本の味方たらしむるを得るに於ては干渉問題も由々敷大事に至らすして済むを得へし然れとも若し之を為さむとせは日本は先つ此三国の協同を請求せさるへからす其上に於ては伊国は悦むて英米両国を引誘すへし元来今回の事件は頗る狂言的なるか故に独国と伊国は毫も「三国同盟」と抵触せすして反対の地位に立つを得るなり
又伊国外務大臣は此事件を結了すへき日本政府の方策及ひ目今新聞紙の報告する所の独、仏、露三国より公然日本政府へ提出したる事柄の詳細を知り得たしとのことなり
(加藤公使よりの来電)
英国駐在の独逸国大使は其書記官を遣し本使に面晤を求めたる故本月二十九日本使は同大使を訪へり
大使曰く露国の感情益〻激昂し仏国は今となりては同盟を去らむと欲するも之を為し得へからさるなり又独逸国は従来は勿論今日も日本国に対し常に友情を懐き居るか故に円滑に本件を結了せしめむと欲する情甚た切なりと本使は大使に向ひ若し独逸国か斯く迄日本国に対し友情あらは何故に同盟に加はりたるやと詰問したるに大使は夫れとは明言せされも欧州交渉の政略は独逸国をして同盟に加はらしめたる真実の源因なりとのことを暗に言ひ顕はせり又是れと同時に大使は独逸国か同盟に加はりたるは日本国の為めに幸なり何となれは独逸国は露仏両国に説きて大に其要求案を軽減せしめたりと告けたり
大使は日本軍か遼東の一時占領にて満足せらるへきを勧告し所謂一時の占領は将来何時も永遠の占領に変換するを得へしと言ひ其先例を示せり且つ永遠占領とまて至らさるものにして日本国にて承諾すへき取捌方あれは本使より通史次第本使結了に画力すへき旨本国政府へ申し立つへしと言へり同大使の得たる報告に拠れは清国は多分条約を批准すへく然れも批准は各国の抗議を減することなく却て日本国か其邦土を放棄するに於て困難を加ふへしと云へり
而して露国は独逸の此事あるを奇貨とし実は己れ主人なるも故らに賓客の地位に立ち独逸に誘はれたるか如き体を籹ひ其素志を達せむとし四月二十三日本邦駐在公使をして独仏両国公使と連合し帝国政府へ左の如き宣言を提出したり
露国皇帝陛下の政府は日本より清国に向て要求したる媾和条件を査閲するに遼東半島を日本にて所有することは啻に常に清国首府を危ふするの恐れあるのみならす是れと同時に朝鮮国の独立を有名無実と為すものにして右は将来極東永久の平和に対し障害を与ふるものと認む因て露国政府は日本国皇帝陛下の政府に向て重て其誠実なる友誼を表せむか為め茲に日本国政府に勧告するに遼東半島を確然領有することを放棄すへきことを以てす
事既に此に至る本大臣は以為らく露国政府か最初より其胸裡に包蔵したる野心を発露し得へき機会に乗し特に独仏両国を誘引して茲に干渉の本相を顕はし来たるに際し如何に樽俎の間に折衝するも到底其功を収むへきにあらす又此の如き場合に於て我れ独り対手国に向て口舌の労を取らむよりは寧ろ我か後援を他の強国に求め之を牽制するの得策なるに若かす且つ前期の如く伊藤外務大臣は高平公使に向て云々したることあるを以て若し此際英国政府をして我か援助を為さしむることを得英、伊、米の三国を連合して露、独、仏三国に当たれは或は三国干渉の極度に至らさるに之を牽制し得へき望なきにあらす又仮令ひ不幸にして炮火相見るに至るも固より我独力を以て三国に当るの比にあらすと思惟したるに由り一面には西公使に電訓し今日帝国政府か露国政府の勧告を容るゝことの困難なる事情を陳弁して同政府か之を撤回せむことを請求せしめ佗の一面には加藤公使と栗野公使とに電訓して英米政府か如何なる度合まて帝国を援助するやを確かめむとしたり因て四月二十五日西公使に発したる電信は左の如し
貴官は内密に露国外務大臣に向て露国政府は其勧告を再考すること出来さるやを問ひ既に我 皇帝陛下か媾和条約に 御批准済の今日に在りて遼東半島を放棄することは我政府に於て至難のことなる旨を同大臣に告くへし
貴官は以上の事を乞ふに当り日露両国間には永年親密の好誼を存する旨を述へ今日に於て善隣の関係を誤るへからさることを説くへし又日本に於て遼東半島を割取するとも毫も極東に於ける露国の利益を危殆ならしめす而して朝鮮国独立の事に関しては日本政府は露国政府をして十分満足せしむへき処置を執るへき旨を云ふへし
又日本政府は此件に関し未た独仏両国政府へは何等の照会をも為さゝれも露国政府より好回答を得次第之を為す積りなる旨を露国外務大臣へ告くへし
又二十六日加藤公使へ発したる電訓は左の如し
日本国に於て奉天半島を永久に占領することに付三国政府か唱ふる所の故障は左の四項とす
一、朝鮮独立は有名無実となるへし
二、欧州各国は商業上の利益を防碍す
三、清国の帝都を危ふす
四、東洋の平和を危ふす
日本政府は歩み合の方法として左の弁明を提出す
一、日本政府は朝鮮国独立に関しては事の自国に係る限りは誠実に欧州各国を満足せしむ
二、日本政府は奉天半島に於て営口及ひ外一港を自由貿易港と為すへし斯くすれは国境通過税は普通海関税より税率低くして且つ一港は終年氷結するの思なく船舶の出入自由なれは奉天半島の占領は欧州商業上の利益たることを疑ふへからさるなり
三、該半島の占領は北京を危ふするものとすへからす然れも一歩を譲りて之を危ふするものとするも是れは重に清国に関する問題なれは清国に於て鉄道を布設せは其危難に対する防御に余りあるへし
四、区劃明瞭分界正確なる境を清国に接し居る欧州諸国の経験に徴するに東洋の平和を危ふすとの恐れあることなし故に国境の境界線を確実に定めたる以上日本政府は清国と善隣の交を結て平和を保持し難き理由あるを見す
閣下は前記の譲歩提出案を極内密に英国外務大臣に示し左のことを申さるへし
日本政府は本件に関し英国の利害は他の欧州各国の利害に超越し居るの事実を認め居るか故に第二項に於ては特に此等の利益を調和することを勗めたり
閣下に於て都合宜しと思はれなは左の事をも申出し英国政府の意中を聞かるへし
満州東北部及ひ朝鮮の北部に対する露国の覬覦は此度同国の為したる要求に因て之を察するに足れり故に目下の情況稍〻迫り居るに付ては日本に於て前に記する所の如く三国に返答したる時には日本は何程迄英国の助力を待受け得へきや
又同日栗野行使に発したる電訓は左の如し
左の通り米国国務大臣に告くへし
日本政府は現今に於ける米国の友誼ある意向に対して感謝の至りに堪へす
日本政府は友邦の提出に係る正当の異議を無視せむと欲するものにあらされも既に清国より我国に奉天半島を譲与するの条約を我 皇帝陛下に於て 御批准済の今日に在りて同半島を放棄するは甚た至難のことなるのみならす日本政府は斯る放棄を必要とするの事情あるを認むるを得す
若し米国にして是迄平和の為めに画されたる所の友誼を進め日本の奉天半島を永久に占有するに対し特に異議を挿み居る露国に向て其再考せむことを勧告せらるゝに於ては或は満足に此の未決問題の結了を見るに至るを得へし
日本政府は露、独、仏三国の運動にして或は清国を誘引して条約を放棄せしめ遂に再ひ炮火相見るの已むを得さるに立到らむことを恐る而して斯る結果は出来得へくは宜く未発に防遏すへきを以て帝国政府は内密に米国の友誼ある協力を希望するものなり
然るに加藤公使より四月二十七日倫敦発にて左の電報を送致せり
四月二十六日付貴電に基き本使は同二十七日英国外務大臣に面晤したるに同大臣は頗る懇篤なる様子に見受けたり本使は同大臣に対し我政府より提出したる譲歩を以て今回の事件を結了せむとするに当り日本は豫め英国の協力を期し得へきやと問ひたるに同大臣は本使に答ふるに英国政府は此事件に関し一切干渉せさることに決したり而して英国か日本に協力することは抑〻亦一の干渉に外ならす為めに事体に一新面目を啓くことなるか故に総理大臣「ロースベリー」伯と相談の上ならては返答し難き旨を以てしたり又同大臣は此度我より提出の譲歩にては到底露、独、仏三国を満足せしむる能はすと思考するを以て英国は該譲歩を基礎として日本を補助すること頗る難かるへしと云ひたり而して多分明日其決答を為すへき旨本使に約したり
又同外務大臣は露、独、仏三国にして果して如何なる程度まて其異議を主張する意向なるやを知らすと雖も形勢頗る容易ならさる有様なるか故に日本は之に対し十二分の覚悟ある方得策ならむ又英国は平和を望むを以て日本か欧州諸国と干戈を交ゆるを好まさるは勿論日清戦争をして継続せしむることをも欲せさるなり故に英国は目下の困難を解除するの機会を失はさらむことを務むへし英国は日本に対し友情を抱けとも露、独、仏三国とも亦友邦の関係を有せり故に英国は此際に処するに当り彼是酌量の上其威厳上決断と責任を以て運動するの必要ある旨を申述へたり
本使は豫て在伊高平公使よりの通知に因り伊国政府の執らむとしつゝある方針を知り居るを以て英国外務大臣に向て此際当事件を結了するの好案ありやと問ひたれとも同大臣は否と答へ再ひ前述の言を繰返し英国政府は刮目して当事件の成行に注意すへき旨を述へたり尚ほ同大臣の決答を得次第更に電報致すへし
加藤公使は重て四月二十九日発にて左の電報を送れり
英国外務大臣は本日左の通り確答を為したり
英国政府は曩きに局外中立を守ることに決したれは此度も同一の意向を維持せむと欲す英国は日本国に向て最も懇篤なる感情を懐くと同時に己れの利益をも考へさるを得さるに付提議の譲歩に関し日本国を助くること能はす而して該譲歩は各国を満足するに足らす又露国は真に決心する所あるか如し
栗野大使よりは四月二十七日華盛頓発にて左の電報を送致せり
米国国務大臣は同国局外中立の主意と矛盾せさる限りは日本と協力することを承諾せり而して条約の批准を清国に勧告すへき旨在北京米公使に訓令すへし
而して西公使より四月二十七日聖彼得堡発にて左の電報を送致せり
四月二十五日付貴電に基き本使は力を画して露国政府より提出の勧告に関する我か請求に対し都合よき同政府の回答を得むことを勉めたり
四月二十六日本使は露国外務大臣と長時間談論に及ひたるに同大臣は大に感する所あるか如き色あり而して再ひ露国皇帝陛下の叡慮を伺ふへきことを約せり然るに今日に至り同大臣は露国皇帝陛下には露国の勧告を翻回すへき充分の理由なしとの故を以て我政府の請求を承諾し玉はすとの旨を本使に回答したり
本使は露国より提出したる抗議の程度を確知し能はされとも目下露国政府は運送船を遣り「オデッサ」に於て軍隊派出の準備中なりとの風聞あり故に豫め露国の干渉は重大なるへしと覚悟し居る方安全ならむ
以上露、英、米三国に駐在する我公使か政府の訓令を奉して其任国の政府に照会したる結果たり今や帝国政府は英、伊、米三国の好意を博したるに係らす実際其後援を望む能はさること明白となり且つ露国の到底我か要求する所を容れさるの意も亦確実なるを知りたり而して西公使は従来露国政府か帝国政府の遼東半島を略取する重なる異議は専ら朝鮮壌土と接近する土地を帝国の所領にするに在りとの意見を抱き両三回も其旨申来りたることあり特に四月二十五日左の電報に接せり
露国外務大臣は本使に告て曰く露国政府は媾和条件の改更を日本に勧告することに付独仏両国に同意し日本に於て遼東半島を占領することは永久に北京を嚇嘑するものにして且つ朝鮮の独立を危殆ならしむるものなるか故に此事を日本政府へ提議すへき旨在東京露国公使に訓令したりと是に於て本使は同大臣に向ひ前露国外務大臣在任の頃より露国政府は屡〻日本に朝鮮の独立を害せさらむことを望まるゝ旨述へられ日本政府も亦勉て其安全を計りたるも本使か屡〻露国外務大臣に述へたる如く将来我国か清国に対し自衛の為め且つ朝鮮の独立を鞏固ならしむるに必要なる為め日本か遼東半島を占有することに対しては未た会て露国の異議を聞きたることなきに今日俄に之を承るは誠に驚入りたることなる旨を答へ且つ露国政府にして斯る意外の異議ありたらむには疾くに之を言明せられさりしは遺憾のことなる旨を申述へたるに同大臣は既に三国決意の今日に在りては東京よりの回答を待の外なしと云ひ該勧告を容るゝ様日本政府へ申立つへき旨本使に請求したり本使之に答へ此の如き申立ては盖し其益無かるへし如何となれは日本政府は幸に大戦勝に引続き起りたる日本軍人の過大なる希望及ひ国民一般の激論を抑制し漸く其要求を遼東半島に限りたる今日に在りて更に又同半島を放棄するは実に至難なるのみならす且つ日本は既に同半島に於て種種の改革に著手し又多数の本邦人民をも彼地に移植したりと申述へたり又此外には別に本使に於て弁し得へき用なきやとの本使の問に対し同外務大臣は東京よりの回電を待ち居るを以て目下別に本使に依頼することなしと答へたり
是に於て本使は同外務大臣に向ひ露国政府は余り硬く其勧告を主張し日本政府をして遂に其勧告を容るゝに付国内に於ける非常の反対に抗するか若くは我軍人の感情及ひ国内の輿論に従ひ已むを得す絶対的に外国の勧告を拒絶するかの二策の一を執らしむるに至らしめさらむことを希望する旨申陳へたるに同大臣は暫時沈黙して稍〻憂色あるものゝ如くなりしも露国政府は其企画を容易に中止すへしとは本使思考すること能はす露国政府か斯く俄に意向を変更し独国と同盟するに及ひたる結果今日の如き大事の地位に立至りしは本使の最も遺憾とするところなり若し貴大臣にして到底我国か干渉を排却するに堪へすとの御決心なれは本使の考ふるところにては朝鮮に境土を接するところの土地を放棄し而して他の地方は手強く之を要求すること得策なるへし
此の電信を本大臣か接手すると間もなく恰も前記同公使より露国政府か帝国政府より遼東事件に付再考を求めたるも肯諾せさる旨の電信を受領したるに因り本大臣は四月三十日を以て露、独、仏三国政府に向て左の申入を為せり
日本帝国政府は露国帝国陛下・独国帝国陛下・仏国の特命全権公使閣下か其本国政府の名を以て帝国政府へ差出されたる覚書を最も慎重に査閲し了せり
日本国皇帝陛下の政府は露国帝国陛下・独国帝国陛下・仏国大統領の政府の友誼の勧告を熟考し且つ茲に再ひ両国間に存する親密の関係を重視する証拠を表彰せむと欲するか故に下の関条約の批准交換に因り日本国の名誉と威厳とを完ふしたる後別に追加定約を以て該条約中へ左の修正を加ふことに同意す
第一 帝国政府は其奉天半島に於ける永代占領権は金州庁を除く外は総て之れを放棄することに同意す尤日本国は其放棄したる領土に対し之れに代ふへき報酬として相当なる金額を清国と協議して之を定むることあるへし
第二 然れとも帝国政府は清国に於て日本に対する其条約上の義務を全然履行するまては担保として前記の領土を占領するの権あることと知るへし
右の電報に関し西公使は露国外務大臣と面会の結果として五月三日付を以て左の通り電報せり
本使は本月一日我覚書を露国政府へ差出し力を極めて我か提議を貫かむと論弁せり
本月三日露国外務大臣に於て露国政府は我覚書は満足する能はさる旨を言明し且つ曰く昨日内閣会議を開きたるに該会議に於て日本国か旅順口を所有することは障害ある故に其最初の勧告を主張して動かさるへしと閣員一致にて決議し而して該決議は露国皇帝陛下の裁可を経たる旨申聞けたり
本件に関し本使は露国外務大臣に向ひ力のあらむ限り手を画したれとも遂に露国政府をして別に本件処理の方案をも提出せしむること能はさりしは本使の最も遺憾とする所なり
此の如く露国政府は再ひ我か提案に対し不承知を唱ふるのみならす此際恰も四月二十九日露京発西公使の電報に拠れは同公使か露国外務大臣の面晤の要略として左の電信に接したり
近頃露国外務大臣と長時間面談の節本使の探り得たる所にては露国か我大陸に於て譲地の要求に反対する所以の底意は一旦日本か遼東半島に於て好良の軍港を手に入れたる後は日本の勢力は敢て該半島内に限らす将来に於ては朝鮮全国及ひ満州北部なる豊穣の地全体に及ほし日本国より夥多の殖民此れに移住し遂には日本国の版図に帰し海陸に於て露国の領土を危殆ならしむることを恐るゝに在り
是に至て最早露国政府の意向は遼東半島の寸土尺地も我帝国の所領とするを肯せさるを知る且つ其表面口実とする所は朝鮮の独立を空名に帰せしむる等に在りと雖も其実は佗日自己侵略の地を為さむと欲するに在ること愈〻分明にして若し帝国政府か更に一新勁敵を生するの覚悟あるにあらされは到底其勧告に従はさるを得さるの事機切迫したるに因り我政府は全然露国の勧告を容るゝことに決し五月五日遂に三国政府へ左の通り申込めり
日本帝国政府は露、独、仏三国政府の友誼ある忠告に基き奉天半島を永久に占領することを放棄するを約す
之に対し五月九日に至り在東京の露、独、仏三国公使は各〻其政府の訓令に依り日本政府の措置其宣しきに出てたる為め一般の平和を得たるを賀する旨を言明し三国干渉の一件は茲に其局を結ふに至れり
右事件に関する廟議摘要
我政府は朝鮮事件の発端より外国干渉の来るへきを慮かり居れり故に今回の事も必すしも意外とは為さゝりし但当時内閣員の多数は東京に在りと雖も内閣総理大臣を始め陸海軍大臣等は帷幕に参して広島大本営に在り又近日京都に行幸あるへき筈なるを以て一二の閣員は業已に先発したるものもあり外務大臣は痾を養ひ舞子に在りし等にて閣員各地に分居して斯る重要事件を処弁するには頗る不便を感したるを以て或は舞子に集り或は京都に会し又は東京より招致し此の事件を処置する為め種々の要点に就き熟議を遂けたり
抑〻今回露独仏三国の干渉は表面各〻友邦の忠言を名としたるものなれとも裡面より観察し来たれは如何なる禍心を含有するや疑を容るへきものあり而して此の三国か今連合して云々する所あれとも果して徹頭徹尾同体一致の運動を為し得へきや之を詳言すれは兵力干渉を為すに至るまても一致の運動を為し得へきか或は其極度に至れは三国遂に分離することなきや又三国か終始一致の運動を極度まて為すとも或は露一国か極り極度の運動を為すとするとも果して彼は戦争を開始する迄の決心を有し居るや或は単に日本を威嚇して其勧告に服従せしめむとするに止るや宜く我廟算を一定せさるへからす而して斯く外部に向ひ緻密に考察を下すと同時に内部の形勢如何に考察を下す時は当時我征清軍は全国の精鋭を悉して遼東半島に駐屯し我強盛なる艦隊は画く澎湖島に集り居り内国陸海軍備は殆と空虚の有様なるを以て若し一朝事変起るか如きことあらは如何にして之を防禦すへきや縦令ひ外交上の手段に依り其極度の破裂に至るの時期を遷延し我軍艦の澎湖島より帰航するを待ち又独仏二国をして露国と極度の際に至り分離せしめ単に露国のみを正面の敵とするを得るとするも十閲月間戦争を継続し来りたる我軍艦は果して露一国艦隊に抗敵するを得へきやと云ふ諸要点に就き四月二十四日広島御前会議に於て如く決議したる上は三国の勧告に対して其全部若くは幾部分を承諾せさるを得すとは自然の結果として之を避くへからさるなり
既に三国の勧告を承諾するものとすれは遼東半島を還付するの報酬を清国より請求し其報酬を得るを条件として半島を還付すへきや若くは無条件にて之を還付すへきや今や遼東半島を清国に還付すへしと請求するものは清国に在らすして三国干渉の結果として之を還付せさるを得さるに至りたるものなれは其報酬を請求するには先つ三国に対し其勧告を容るゝの条件として彼等をして清国より日本に対し其報酬を払ふへき周旋の労を執らしめ得さるにあらす然れも帝国政府は已に下の関条約の批准交換の期日は五月八日と定められしたるを以て若し之を経過するときは自然に該条約の全体をして故紙に帰せしむるの恐れあることを信せり而して三国の干渉にして事局未た結了せさる間は清国は予定の期日に批准交換を行はさるへきは自然の情勢にして乃ち清国をして期日に批准交換を行はしめむとせは何時にても遼東半島に駐屯する我軍隊か直ちに山海関或は太沽を衝き踵て北京城下に進入するの自由を有せさるへからされとも三国政府の干渉継続して絶へさる間は我軍隊か顧慮する所なくして此の目的を達し得へからさるや論を竢たす故に若し遼東半島を還付するの条件として清国より多少の報酬を得むことを三国政府の周旋に依頼せむか(此の如くせは或は報酬を得ること比較上容易なりしならむ)又は寧ろ日本政府は遼東半島の処分に関し自ら進て列国政府に請求し所謂列国会議なるものを開き同会議に於て此の始末を結了すへきか種々の関係と種々の手段とに就き細密に考察を遂けたる上竟に左の如く論結したり
方今の時機に於て帝国は清国以外に新敵を生するの不得策なることを決定したる上は露独仏政府の干渉に対し我れより多少の修正を要求するも遂に其聴かれさる時は極度まて彼等の勧告する所を容れ一日も早く此の事局の葛藤を解き清国をして予定の日に条約を批准せしむることに画力すへし其理由は此の如くせされは萬一清国政府に於て批准交換を躊躇するも我軍隊は直ちに之を懲責するの自由を得す而して若し此の自由なしとすれは清国政府は必す批准交換を拒絶するか若くは公然拒絶せさるも種々の口実を設けて遷延し其実拒絶と同一の結果を生するの恐れあるを以て帝国政府は寧ろ一方に於ては三国政府の勧告を全然容納するも清国に対しては最初の目的を極度まて実行するの自由を有せさるへからす約言すれは三国に対しては全体を譲歩するも清国に対しては一歩も譲るへからす三国政府の干渉事件を以て清国の条約批准事件と牽聯せしめす勉て之を分割し各〻単独の処置を取ることに決定したり
斯く決定したる上帝国政府は猶ほ一方に於ては苟も事局を勉めて穏便に結了せむか為め底意如何を試みむか為め三国政府に向て数次理を悉し情を述へ弁論する所あり又一方に於ては更に佗の強国の援助を求め若し不幸にして兵馬相見るに至るも独力危を踏むの禍を避けむとし英米伊等と窃に気息を通したるも別冊に記するか如く事遂に目的を達するを得さるの場合に至りたるを以て乃ち豫め廟議に於て定められたるか如く全然露独仏三国政府の勧告を容れ遼東半島は帝国に於て永久に所領せさることを約したり但之を清国へ還付するの措置は帝国と清国との間に於て商議するの権を存せり
右の如く帝国政府か種々外交上の手段を画したる後頗る迅速に又容易に三国政府の勧告を容るゝに至りたる所以は一方に於ては今日我国は露一国にすら猶ほ抗敵する能はさるの事実ありしと佗の一方に於ては下の関条約の批准交換の予定期日迄には是非共三国政府の交渉を全く割断し以て清国政府をして其背後に頼むへき援助を失はしめむと企図せしに由る而して清国政府は期日に至り多少の故障を云ひしにも係らす遂に批准交換を行ひたり
然るに帝国政府か何故に遼東半島を還付するの条件として報酬を求むることを三国の周旋に依頼せさりしか又何故に列国会議に依頼せさりしかと云ふに此の如くせは其報酬を得るに於ては或は多少容易なるへく又将来日清両国間に談判を開くの煩を避け得たるなるへしと雖も其三国政府の周旋若くは列国会議の行懸りとして本月八日と予定したる批准交換の期日を延期せさるを得さるの結果を生するの虞あり又之を延期し日清両国の平和回復を久く未定に付し置くときは其間如何なる事変を生するやも計られす即ち清国に与ふるに条約の佗の部分に向て多少の違言を発せしむるの機会を以てすることなきを保せす且つ或は露独仏三国以外の強国をして遼東半島事件の外に如何なる干渉を来たさしむへきやも亦保し難きを以て日清交戦の結果として条約を訂結し其訂結したる条約の上に多少の変更を生し其変更を生したる結果として更に多少の報酬を求むる等は単に日清両国の間に取極めさるへからさるに我れより佗国の周旋又は列国の会議を求むるか如き事あらは之を嚆矢として今後日清両国の交渉事件に於て欧州強国の容喙を招くの悪例を遺すの恐れあるのみならす若し三国政府の周旋に依頼することゝすれは一方に於ては彼等干渉の結果として我れをして遼東半島を清国に還付せしめたるにも拘はらす之に対する報酬を得る為めには三国の功労を謝し永く三国の恩誼を受くるの姿に立到ることは今日の場合に在て我政府も我国民も決して堪得へき所にあらさるを以てなり
以上の理由なるを以て帝国政府は寧ろ三国政府に向ては全然譲歩する所あるも清国政府に向ては断然寸歩も譲らすとの決意を以て此の如き紛糾錯雑なる外交事局を僅々二週日の間に結了し危機一髪の厄運を将に発せむとするに防き百戦百勝の結果を将に失はむとするに収めたるは一に廟議其機に投し事の宜きを得たるに職由せさるはあらす是れ即ち大詔に所謂「今に於て大局に顧み寛洪以て事を処するも帝国の光栄と威厳とに於て毀損する所あるを見す」との聖意を奉體したるに外ならさるなり
(Source:国立公文書館 レファレンスコード:B03041166100)
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