スキップしてメイン コンテンツに移動

枢密院官制 1888年04月30日

枢密院官制(原文:一部ひらがな化)

朕元勲及練達の人を撰み国務を諮詢し其辟沃の力に倚るの必要を察し枢密院を設け朕か至高顧問の府となさんとす茲に其官制及事務規程を裁可し之を公布せしむ

御名 御璽

明治二十一年四月二十八日
 内閣総理大臣伯爵伊藤博文

勅令第二十二号
樞密院官制
  第一章 組織
第一條 樞密院ハ天皇親臨シテ重要ノ國務ヲ諮詢スル所トス
第二條 樞密院ハ第一議長一人第二副議長一人第三顧問官十二人以上第四書記官長一人及書記官數人ヲ以テ組織ス
第三條 樞密院ノ議長副議長顧問官ハ親任書記官長ハ勅任書記官ハ奏任トス
第四條 何人タリトモ年齡四十歳ニ達シタルモノニ非サレハ議長副議長及顧問官ニ任スルコトヲ得ス
第五條 議長ハ書記官ノ内ヲ以テ祕書官ヲ兼ネシムルコトヲ得
  第二章 職掌
第六條 樞密院ハ左ノ事項ニ付會議ヲ開キ意見ヲ上奏シ勅裁ヲ請フヘシ
 一 憲法及憲法ニ附屬スル法律ノ解釋ニ關シ及豫算其他會計上ノ疑義ニ關スル争議
 二 憲法ノ改正又ハ憲法ニ附屬スル法律ノ改正二關スル草案
 三 重要ナル勅令
 四 新法ノ草案又ハ現行法律ノ廢止改正ニ關スル草案列國交渉ノ條約及行政組織ノ計畫
 五 前諸項ニ掲クルモノヽ外行政又ハ會計上重要ノ事項ニ付特ニ勅命ヲ以テ諮詢セラレタルトキ又ハ法律命令ニ依テ特ニ樞密院ノ諮詢ヲ經ルヲ要スルトキ
第七條 前條第三項ニ掲ケタル勅令ニハ樞密院ノ諮詢ヲ經タル旨ヲ記載スヘシ
第八條 樞密院ハ行政及立法ノ事ニ關シ天皇ノ至高ノ顧問タリト雖モ施政ニ干與スルコトナシ
  第三章 會議及事務
第九條 樞密院ノ會議ハ顧問官十名以上出席スルニ非サレハ會議ヲ開クコトヲ得ス
第十條 樞密院ノ會議ハ議長之ニ首席シ議長事故アルトキハ副議長之ニ首席ス議長副議長共ニ事故アルトキハ顧問官其席次ニ依リ首席スヘシ
第十一條 各大臣ハ其職權上ヨリ樞密院ニ於テ顧問官タルノ地位ヲ有シ議席ニ列シ表決ノ權ヲ有ス又各大臣ハ委員ヲ差シテ會議ニ出席シ演述及説明ヲ為サシムルコトヲ得但表決ノ數ニ加ラス
第十二條 樞密院ノ議事ハ多數ニ依リ之ヲ決ス但可否平等ノ場合ニ於テハ會議首席ノ決スル所ニ依ル
第十三條 議長ハ樞密院ニ屬スル一切ノ事務ヲ總管シ樞密院ヨリ發スル一切ノ公文ニ署名ス
副議長ハ議長ノ職務ヲ輔佐ス
第十四條 書記官長ハ議長ノ監督ヲ受ケ樞密院ノ常務ヲ管理シ一切ノ公文ニ副署シ會議ニ付スヘキ事項ヲ審査シテ報告書ヲ調製シ會議ニ列シ辨明ノ任ニ當ル但表決ノ數ニ加ラス
書記官ハ會議ニ於テ議事ヲ筆記シ及書記官長ノ職務ヲ輔佐シ書記官長事故アルトキハ書記官之ヲ代理ス
前項ノ筆記ハ出席員ノ姓名會議ノ事件質問答辨及議決ノ要旨ヲ記載スルモノトス
第十五條 特別ノ場合ヲ除クノ外豫メ審査報告書ヲ調製シ其會議ニ必要ナル書類ト共ニ之ヲ各員ニ配達シタル後ニ非サレハ會議ヲ開クコトヲ得ス
議事日程及報告ハ豫メ各大臣ニ通報スヘシ
(国立公文書館)

コメント

このブログの人気の投稿

徴兵の詔(徴兵令詔書及ヒ徴兵告諭) 1872年12月28日

徴兵令詔書及び徴兵告諭(口語訳)  今回、全国募兵の件に付き、別紙の詔書の通り徴兵令が仰せ出され、その定めるところの条々、各々天皇の趣意を戴き、下々の者に至るまで遺漏なきように公布しなさい。全体として詳細は陸軍・海軍両省と打ち合わせをしなさい。この趣旨を通達する。  ただし、徴兵令および徴募期限については追って通達するべきものとする。 (別紙) 詔書の写し   私(明治天皇)が考えるに、往昔は郡県の制度により、全国の壮年の男子を募って、軍団を設置し、それによって国家を守ることは、もとより武士・農民の区別がなかった。中世以降、兵は武士に限られるようになり、兵農分離が始まって、ついに封建制度を形成するようになる。明治維新は、実に2千有余年来の一大変革であった。この際にあたり、海軍・陸軍の兵制もまた時節に従って、変更しないわけにはいかない。今日本の往昔の兵制に基づいて、海外各国の兵制を斟酌し、全国から兵を徴集する法律を定め、国家を守る基本を確立しようと思う。おまえたち、多くのあらゆる役人は手厚く、私(明治天皇)の意志を体して、広くこれを全国に説き聞かせなさい。 明治5年(壬申)11月28日  わが国古代の兵制では、国をあげて兵士とならなかったものはいなかった。有事の際は、天皇が元帥となり、青年壮年兵役に耐えられる者を募り、敵を征服すれば兵役を解き、帰郷すれば農工商人となった。もとより後世のように両刀を帯びて武士と称し、傍若無人で働かずに生活をし、甚だしい時には人を殺しても、お上が罪を問わないというようなことはなかった。  そもそも、神武天皇は珍彦を葛城の国造に任命し、以後軍団を設け衛士・防人の制度を始めて、神亀天平の時代に六府二鎮を設けて備えがなったのである。保元の乱・平治の乱以後、朝廷の軍規が緩み、軍事権は武士の手に落ち、国は封建制の時代となって、人は兵農分離とされた。さらに後世になって、朝廷の権威は失墜し、その弊害はあえていうべきものもなく甚だしいものとなった。  ところが、明治維新で諸藩が領土を朝廷に返還し、1871年(明治4)になって以前の郡県制に戻った。世襲で働かずに生活していた武士は、俸禄を減らし、刀剣を腰からはずすことを許し、士農工商の四民にようやく自由の権利を持たせようとしている。これは上下の身分差をなくし、人権を平等にしようとする方法で、とりもな...

日清修好条規 1871年09月13日

内容見直し点:口語訳中途 修好条規(口語訳、前文署名省略) 第一条 この条約締結のあとは、大日本国と大清国は弥和誼を敦うし、天地と共に窮まり無るべし。又両国に属したる邦土も、各礼を以て相待ち、すこしも侵越する事なく永久安全を得せしむべし。 第二条 両国好を通ぜし上は、必ず相関切す。若し他国より不公及び軽藐する事有る時、其知らせを為さば、何れも互に相助け、或は中に入り、程克く取扱い、友誼を敦くすべし。 第三条 両国の政事禁令各異なれば、其政事は己国自主の権に任すべし。彼此に於て何れも代謀干預して禁じたる事を、取り行わんと請い願う事を得ず。其禁令は互に相助け、各其商民に諭し、土人を誘惑し、聊違犯あるを許さず。 第四条 両国秉権大臣を差出し、其眷属随員を召具して京師に在留し、或は長く居留し、或は時々往来し、内地各処を通行する事を得べし。其入費は何れも自分より払うべし。其地面家宅を賃借して大臣等の公館と為し、並びに行李の往来及び飛脚を仕立書状を送る等の事は、何れも不都合がないように世話しなければならない。 第五条 両国の官位何れも定品有りといえども、職を授る事各同じからず。因彼此の職掌相当する者は、応接及び交通とも均く対待の礼を用ゆ。職卑き者と上官と相見るには客礼を行い、公務を辨ずるに付ては、職掌相当の官へ照会す。其上官へ転申し直達する事を得ず。又双方礼式の出会には、各官位の名帖を用う。凡両国より差出したる官員初て任所に到着せば、印証ある書付を出し見せ、仮冒なき様の防ぎをなすべし。 第六条 今後両国を往復する公文について、清国は漢文を用い、日本国は日本文を用いて漢訳文を副えることとする。あるいはただ漢文のみを用い、その記載に従うものとする。 (これ以下まだ) 第七条 両国好みを通ぜし上は、海岸の各港に於て彼此し共に場所を指定め、商民の往来貿易を許すべし。猶別に通商章程を立て、両国の商民に永遠遵守せしむべし。 第八条 両国の開港場には、彼此何れも理事官を差置き、自国商民の取締をなすべし。凡家財、産業、公事、訴訟に干係せし事件は、都て其裁判に帰し、何れも自国の律例を按して糾辨すべし。両国商民相互の訴訟には、何れも願書体を用う。理事官は先ず理解を加え、成丈け訴訟に及ばざる様にすべし。其儀能わざる時は、地方官に掛合い双方出会し公平に裁断すべし。尤盗賊欠落等の事件は、両国の地方官より...

帝国陸海軍作戦計画大綱 1945年01月25日

 帝国陸海軍作戦計画大綱(ひらがな化、一部新字体化、一部省略)  帝国陸海軍作戦計画大綱(昭和二十年一月二十日)    目 次(略)    第一 作戦方針  帝国陸海軍は機微なる世界情勢の変転に莅み重点を主敵米軍の進攻破摧に指向し随処縦深に亙り敵戦力を撃破して戦争遂行上の要域を確保し以て敵戦意を挫折し以て戦争目的の達成を図る    第二 作戦の指導大綱 一 陸海軍は戦局愈々至難なるを予期しつつ既成の戦略態勢を活用し敵の進攻を破摧し速に自主的態勢の確立に努む   右自主的態勢は今後の作戦推移を洞察し速に先つ皇土及之か防衛に緊切なる大陸要域に於て不抜の邀撃態勢を確立し敵の来攻に方りては随時之を撃破すると共に其の間状況之を許す限り反撃戦力特に精錬なる航空戦力を整備し以て積極不羈の作戦遂行に努むるを以て其の主眼とす 二 陸海軍は比島方面に来攻中の米軍主力に対し靭強なる作戦を遂行し之を撃破して極力敵戦力に痛撃を加ふると共に敵戦力の牽制抑留に努め此の間情勢の推移を洞察し之に即応して速に爾他方面に於ける作戦準備を促進す 三 陸海軍は主敵米軍の皇土要域方面に向ふ進攻特に其の優勢なる空海戦力に対し作戦準備を完整し之を撃破す   之か為比島方面より皇土南陲に来攻する敵に対し東支那海周辺に於ける作戦を主眼とし二、三月頃を目途とし同周辺要地に於ける作戦準備を速急強化す   敵の小笠原諸島来攻(硫黄島を含む)に対し極力之か防備強化に努む   又敵一部の千島方面進攻を予期し又状況に依り有力なる敵の直接本土に暴進することあるを考慮し之に対処し得るの準備に遺憾なからしむ 四 陸海軍は進攻する米軍主力に対し陸海特に航空戦力を総合発揮し敵戦力を撃破し其の進攻企図を破摧す 此の間他方面に在りては優勢なる敵空海戦力の来攻を予想しつつ主として陸上部隊を以て作戦を遂行するものとす   敵戦力の撃破は渡洋進攻の弱点を捕へ洋上に於て痛撃を加ふるを主眼とし爾後上陸せる敵に対しては補給遮断と相俟つて陸上作戦に於て其の目的を達成す 此の際火力の集団機動を重視す   尚敵機動部隊に対しては努めて不断に好機を捕捉し之を求めて漸減す 五 支那大陸方面に在りては左に準拠し主敵米軍に対する作戦を指導す (一) 支那大陸に於ける戦略態勢を速に強化し東西両正面より進攻する敵特に米軍を撃破して其の企図を破摧し皇土を中核とする大...