大正十二年帝国国防方針(ひらがな化、一部新字体化)
帝国国防方針
一、帝国国防の本義は帝国の自主独立を保障し国利国権を擁護し帝国の国策に順応して国家の発展と国民の福祉増進とを図るに在り
凡そ国防の安固を期せんには内国礎を鞏固にして国力の充実を図り外列国との交誼を敦厚にして海外の発展を策し武備を厳にして外侮を防き常に正義公道に立脚し列国と協調して紛争の禍因を除き以て戦争を未発に防遏するに努むると共に一朝有事に際しては国家の全力を挙けて敵に当り速に戦争の目的を達するの用意あるを要す
二、帝国国防の方針は国際的孤立を避け帝国と衝突の機会最多き外国に対して特に警戒を厳にし敵国の結合を破り興国の連盟を密にし以て戦争の遂行を有利ならしむるに努め一旦緩急あらは攻勢作戦を以て敵を帝国の領土外に撃破し速に戦争の局を結ふに在り之と同時に海外物資の輸入を確実にして国民生活の安全を保障し以て長期の戦争に堪ふるの覚悟あるを要す
三、熟世界の大勢を按するに大戦後国際の政情未た安定せす曩に国際連盟の締結を見たるも米国か加盟を拒否したる為其効力頗る疑はしく今や新に太平洋及極東に関する諸協約を重ねたるも未た東亜の全局に伏在する禍根を芟除するを得す是れ蓋し国際関係の複雑し列国利害の錯綜せる現代政局の斎す自然の結果にして条約を以て戦争の滅絶を望むか如きは到底不可能と謂はさるへからす而して政局紛糾禍機醞醸の起因は主として経済問題にあり
惟ふに大戦の創痍癒ゆると共に列強経済戦の焦点たるへきは東亜大陸なるへし蓋し東亜大陸は地域広大資源豊富にして他国の開発に俟つへきもの多きのみならす巨億の人口を擁する世界の一大市場なれはなり是に於て帝国と他国との間に利害の背馳を来し勢の趨くところ遂に干戈相見ゆるに至るの虞なしとせす而して帝国と衝突の機会最多きを米国とす
四、米国は輓近国力の充実に伴ひ無限の資源を擁して経済的侵略政策を遂行し特に支那に対する其経営施設は悪辣なる排日宣伝と共に帝国か国運を賭し幾多の犠牲を払ひて獲得したる地位を脅し遂には帝国の隠忍自重を許ささらんとし又其西伯利方面に対する経済的発展は近年露国政情の変態に乗して益々露骨となり亦帝国の発展と相容れす加之加州の邦人排斥は漸次諸州に波及して愈々根底を鞏からしめ布哇に於ける邦人問題亦楽観を許ささるものあり是等経済問題と人種的偏見とに根させる多年の紛糾は其解決至難にして利害の背馳感情の疎隔は将来益々大なるものあらん太平洋及極東に拠点を有し強大なる兵備を擁する米国の対亜政策にして此の如くんは早晩帝国と衝突を惹起すへきは蓋し必至の勢にして我国防上最重大視すへきものなりとす
露国は革命以来産業荒廃し経済索乱して著しく国力を消耗せるのみならす国内の統一尚未た全からす今や専心之か快復に努めつつあり蓋し経済復興と国内統一とは露国現下の最大急務にして此問題を先決するにあらされは其復活到底望み難けれはなり労農政府か列国の承認と経済的援助とを得るに腐心する所以亦並に在り従て東亜方面に於ても速に帝国と適当なる協定を遂けて親善の促進を望むへく我と干戈相見ゆるか如きは現在及近き将来に於て彼の国力及国情の共に許ささる所なるへし故に帝国の対露政策にして親善を基調とせは彼我衝突の機会は大に減少すへし然れとも其政体と国民性とは往々常軌を逸脱するものあり従て将来若し帝国か他国と開戦し此方面に対する威力の微弱となるに際しては帝国の辺疆に脅威を及ほすへき虞なしとせす
支那は国家の統一を欠き国政萎靡振はす且独力我に抗するの実力なきを以て帝国の国防上大なる顧慮を要せさるか如きも其豊富なる資源は我経済的発展並国防上緊要欠くへからさる要素なるか故に我対支政策は親善互助共存共栄を旨とし平戦両時を通して彼か資源の確実なる利用を期せさるへからす然れとも其不安定なる政情と以夷制夷利権回収の伝統政策とは遂に我期待の実現を許ささるものありて或は日米の紛争に乗し米に結ひて我と抗争を企図するなきを保せす之に依り帝国は強大なる威力を以て之に臨むの必要あり
日英同盟は四国協商の成立と共に終を告けたるも両国の親善は経済上並国防上相互に有利なるのみならす世界平和の大局上貢献するところ鮮からさるを以て一局部に於ける利害背馳に依り衝突を惹起するの虞少し若し夫れ独逸及其他の列国に至りては近き将来に於て帝国の国防上特に之を考慮に置くの要なかるへし
五、之を要するに近き将来に於ける帝国の国防は我と衝突の可能性最大にして且強大なる国力と兵備とを有する米国を目標とし主として之に備へ我と接壌する支露両国に対しては親善を旨として之か利用を図ると共に常に之を威圧するの実力を備ふるを要す
之に依り帝国の国防に要する兵力の標準別紙の如し
(Source:国立公文書館 帝国国防方針 C14061002700)
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