世界情勢判断(ひらがな、一部新字体化、不明文字あり)
昭和二十年六月八日
世界情󠄁勢判󠄁断
概ね昭和二十年末を目途とする世界情勢の推移を判断し今後の戦争指導に資せんとす
第一 敵側の情勢
主敵米国は出血の累加、「ルーズヴエルト」の死去、欧州戦争の終結に伴ふ戦争倦怠気分等戦争指導上の悩を包蔵しつつも尚豊富なる物力を以て単独にても速かに対日戦争を終結せしめんとする戦意旺盛にして対日作戦強行に邁進すべし英国は欧州戦争終了後なるべく早期に終戦を希望しあるへきも対日戦争指導は米国の主導する所なるを以て大勢を左右し得さるへく結局英国は全世界に於ける米国との協調の必要性並彼の予想する戦後の東亜処分に際する自国の発言権確保の為対日戦争参加を継続し且在東亜兵力を増強すへし重慶は延安との抗争及「ソ」の動向に関し苦悩を蔵し居るも尚米の利用に依る対日戦完遂と其の国際的地位の向上を企図し米の支那大陸又は日本本土作戦に呼応し積極的反攻を展開すへし
以上の大勢に拘らす特に欧州に於ては米英対「ソ」の角逐漸次表面化し来り又米英重慶相互間にも戦争目的の不一致ありて反枢軸側結束は弱化の傾向にあり、然れども妥協に依り当面を糊塗するに努むへく彼等陣営の結束は
■かに崩るることなかるへし但し帝国か毅然として長期戦完遂に邁進し大出血を強要し本年後期に至らは敵側の継戦意志に相当なる動揺を生来せしめ得ることなしとせす
第二 「ソ」の動向
「ソ」は欧州戦の終結に伴ひ欧州に対する戦後処理並自国の復興に勉むると共に大東亜戦争に対しては自主的立場を持続しつつ機に応し東亜就中満支方面に対し勢力の伸張を企図すへし
而して帝国に対しては累次措置により要すれは何時にても敵対関係に入り得る外交態勢を整へ居ると共に東「ソ」の兵備を強化しつつあるを以て益々政略的圧迫を加重し大東亜戦況帝国に甚たしく不利にして自己の犠牲少しと判断する場合に於ては対日武力発動に依る野望達成に出つる算大なり然れとも米の東亜進出に対する牽制的意味合よりして比較的早期に武力行使に出つることなしとせさるへし
其の時期は敵の本土又は中北支方面上陸の時期、北満の作戦的気象条件及東「ソ」兵力集中の状況等より見て本年夏秋の候以降特に警戒を要すへし
尚「ソ」としては米の希望の実現を助けかねて自己の意図達成を目途として我に対し米との和平を強要する場合なしとせさるへし
第三 東亜の情勢
一、太平洋方面
米英は有利なる戦勢に乗し帝国本土を成るへく速かに大陸より分断すると共に熾烈なる航空作戦に依り帝国の無力化を策しつつ一挙に帝国本土に対し短期決戦を企図すへし之か為南西諸島に於て更に徹底せる戦果を挙け得されは之か攻略に引続き附近基地を拡充し六月下旬以降直路九州四国方面、状況に依り朝鮮海峡方面に対する上陸作戦を強行し次いて初秋以降決戦作戦を関東地方に指向するの算大なり
又対日基地獲得及対「ソ」支政略を目的とする中北支要地作戦を行ふことあるへし尚失地回復及対支補給等を目的とし本土及其の他の作戦と併行的に中南支沿岸作戦を企図することあるへし欧州戦の終結に伴ひ夏期以降相当量の敵就中大型飛行機の来攻を予期し置くの要あり
二、支那方面
重慶は米の支援に依り基幹戦力の米式強化を図る一方空軍の増勢と相俟ちて米の作戦に策応し秋季以降対日全面的反攻を実施するの算大にして米の進出積極化するに伴ひ大陸戦線亦真に重大なる局面に遭逢するものと予想せらる
又我か占拠地域に対する敵特に延安側の遊撃反攻は益々激化せらるへし
重慶と米との関係の現況に照し当面日支間の全面和平を実現せしむること至難なるも支那の再戦場化、米完勝に依る東亜制覇の前途に対しては一抹の不安をも包蔵しあると共に他面延安勢力の浸潤拡大就中「ソ」の戦力増大の可能性に就ては深刻なる苦悩内在しあり
三、南方方面
緬甸方面に対しては引続き陸海空の圧力加重に依り同方面に於ける我か戦政略態勢は緊縮するの已むを得さるに至るへし又敵は太平洋方面の攻勢と関連し「ボルネオ」上陸作戦を加強し又近く馬来半島、「スマトラ」及其の他要地に上陸し政謀略を強化しつつ逐次爾他各地域を■食し其の要域の奪回を企図すへし
四、大東亜諸邦の動向
大東亜諸邦は大東亜戦局の推移と敵側政謀略の激化と相俟つて対日非協力的態度漸次表面に露呈し中には遂に敵性化するものあるに至るへし
判決
今や戦局は帝国に取り極めて急迫し且欧州盟邦も既に崩壊し「ソ」の対日動向亦最も警戒を要し帝国は真に存亡の岐路に立ち居るも敵亦苦悩を包蔵し短期終戦に狂奔しつつあり
従つて帝国は牢固たる決意の下必勝の闘魂を堅持し皇国伝統の忠誠心を遺憾なく速かに政治戦略施策を断行し以て戦勝の神機を捕捉するに遺憾無からしむるを要す
(日本公文書館:昭和20年6月8日 世界情勢判断 C12120337500)
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