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対満蒙政策に関する意見 1927年06月01日

 対満蒙政策に関する意見(ひらがな化、一部新字体化)


  昭和二年六月一日 関東軍司令部

對満蒙政策ニ關スル意見(要旨)

東部内蒙古は東三省熱河特別区域の行政区画内に包含せるを以て特に其の地名を附記せさりしものとす

配布先

 陸軍次官、参謀次長 


  対満蒙政策に関する意見(要旨)

   第一、綱領

一、我帝国の将来を左右する人口及資源問題は海外発展に由り解決するを以て第一義と為ささるへからす而して其の発展の重点は満及西伯利方面に撰定せらるるを要す蓋し該方面特に満蒙は我帝国多年の奮闘努力に由り発展の基礎既に樹立せられ且問題解決の要素を具備するを以てなり

 由て帝国は此際東三省及熱河特別区域(新版二百五十万分一、東亜大陸図参照)に其の実勢力を扶植するを以て対支政策の基調とせさるへからす

二、支那の独立を侵害せんとするものに対しては列国強調の下に之を阻止す此場合に於ては列国共同管理の素因を作らさることに留意するを要す

三、支那の内争に対しては不干渉の態度を保持するも我既得権の侵害に対しては絶対に之を擁護するを主義とす

四、我対満蒙政策は自主的なるを要す

五、満蒙の開発は日支両国民の共存共栄を実現するを本旨とす

   第二、支那側に要求すへき事項

一、東三省(熱河特別区域を含む以下同し)に一長官を置き自治を宣布せしむ

二、既設鉄道の経営並新線の敷設に関し新協約を締結す

三、土地の開墾鉱山の採掘、牧畜及諸工業は日支共存共栄を趣旨として之を遂行す

四、東三省の行政殊に財政整理の為必要なる日本人顧問若干を置く

 東三省の軍事改善の為中央部及各省に必要なる日本人顧問若干を置く

   第三、施設改善に関する事項

一、関東庁を旧関東都督制に準する行政庁に改め満蒙に於ける帝国の外交及行政を統一す

 但し該機関の長、現役軍人なるときは関東軍司令官を兼ねしむることを得

 前項の行政庁に拓殖局を設置し土地の開墾及移住民の事務を管掌せしむ 

二、東三省の財政整理並邦人の企業に対しては積極的に援助す

三、東支鉄道回収は支那側をして将来機を見て之を実施せしむ但し我に必要なる条件の下に之を行はしむるを要す

 若し赤露か東支線を独占せんとする場合に於ては支那側を支持す

   第四、対時局策

一、前記第二の要求条件を張作霖に承諾せしむ若し之を躊躇するに於いては帝国の認むる適任者を推挙して東三省長官とし本要求を遂行せしむ

二、支那本部に於ける「ソウエート」露西亜の支那革命運動に対しては英国と強調して之か排除に努め要すれは支那穏健分子を支持す

三、我対満蒙政策の実施を拒むものは断乎として之を排斥し要すれは武力を用ゆるの準備を為す。 

(国立公文書館:C01003764000)

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