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五相会議決定の外交方針 1933年10月21日

 五相会議決定の外交方針(ひらがな化、一部新字体化)


五相會議決定の外交方針

総理、大蔵、外務、陸軍、海軍五大臣会議の結果に付て十月二十一日臨時閣議の席上総理大臣の報告に引続き外務大臣は左の通報告せり

帝国は満洲国建設により世界に大なる波紋を惹起したる次第なるか今日の急務は先つ満洲国の健全なる発達を計り以て東洋の平和を確保し且一九三五年前後に於ける国際的紛糾を未然に防止する為に早きに迨ひ外交的工作を施し主要列国との間に親善関係の確立を図るを肝要とす而して満洲事変により国交関係に変態を来したるものの中主要なるものは支那蘇連邦及米国の三なるか此等の国は極東或は国際会議に於て互に連結して帝国に当らんとするやも測られす仍て我方に於ては予め外交的工作に依り其の全部ならすとも出来得るたけ多くを我方に牽付くるを得策とす右趣旨に依り此等諸国に対する方策を定むること大要左の如し

   対支方策

一、満洲国の発達完成の為同国経済統制及我国との経済的調節を計り帝国指導の下に日満支三国の提携共助を実現し之に依り東洋の恒久的平和を確保し惹て世界平和の増進に貢献するを要す

二、現下の日支関係を観察するに北支地方に於ては停戦協定の成立以来漸を逐ふて好転の機運あるも其の他の方面に在りては廬山会議に於て両国関係の打開方針を決議せるやの情報もあり一般に好転の徴候なきに非さるも具体的には格別之を証するに足るの現象を認めさる実情なり

三、従て我方としては前期北支地方の好転機運を助成すへきは勿論なるも一般的には彼をして反日政策を放棄し排日運動を根絶せしむる為常に厳粛なる態度を以て之に臨み現に存在する各種具体的案件の解決に付ては我方方針の是正なることを徹底せしめ彼の自覚反省を促すに努むると共に其の間苟も割れに於て両国関係の改善を焦るか如き印象を与ふるは之を避くるを要す而して支那側にして現実に誠意を示すに於ては我方亦之に相応する好意的態度を執るを可とす

四、尚最近帰任せる蒋作賓公使か我方に対し何等か期待又は希望等を申出つることある場合右申出にして東亜の大局に即し且将来に於ける日支関係の調整上有効なるものなるに於ては我方は之に対し好意的考慮を加ふるを得策とす

   対米方策

帝国政府に於ては一九三五年海軍軍縮会議に対する関係もあり米国に対し我方の立場を有利ならしむる為準備的外交工作を為す必要あるのみならす近時満洲問題より発生せる同国人の対日悪感情を融和し又同国の対極東政策を出来得る丈け再検討せしむること等の必要あるを以て旁々適当の時機に於て篤と先方と打合せの上特派使節の派遣或は其他の方法により同国との間に前記諸問題に付十分なる相互的了解を遂くること得策なり而して我方より進んて彼に対し事を構ふるの意図なきは勿論なるも右に拘らす彼に於て尚何等危惧の念を抱くに於ては之を除去する為何等かの具体的方法を講すること必要なるへし

   対蘇方策

日蘇両国関係は国体及建国の根本思想を異にし融和し難きものあり尚蘇連邦は他面に間隙あらは之に乗して悪宣伝を為し又其の遣り方は他の文明諸国と異なるものあるを以て之に対する我方の態度も自ら他国に対すると異なり十分警戒を加へさるへからす但し同国との間には国交を開き居り種々の懸案もあり殊に又帝国当面の急務として満洲国の健全なる発達を計るの必要あるを以て日蘇及満蘇間の関係を円滑ならしむるを可とす依て客年八月閣議決定の通り我方としては軍事外交其の他内外諸般の準備を確立すると共に現下の国際関係に鑑み此際は蘇連との衝突を避くること極めて肝要なり

従て先つ日蘇間に存在する各種懸案の解決を促進することとし北満鉄道買収の如きも帝国政府の閣議決定及之に関連して為されたる満洲国側の決定方針に基き早目に之か解決を計ることとし尚又北樺太石油利権並極東蘇領水漁業問題其他西比利亜大陸に於ける利権獲得に付解決の歩を進むることとし更に何等かの方法に依り極東方面に於ける「ソ」満国境の兵備の緩和を講すること肝要なり

   其他の諸国に対する方策

帝国は満洲事変以来外国より危惧の念を以て迎へられ居るのみならす日本商品の海外市場進出により経済関係に於ても悪化せり其主なる国は英国なるか目下日印通商関係に就ては「シムラ」に於て会商し其の調節を計らんとしつつある次第なるか故に成るへく同会議は之を成功せしめ英国との間に経済関係を調節し両国の親善関係を確立するの必要あり

次に独逸は最近軍縮会議及連盟より脱退を敢行せるか右に関連し同国は我方に接近せむとする模様なりと伝へられ之と共に其の相手国たる仏国にも亦我に接近説ありとのことなるか帝国としては欧洲諸国と親善関係を持続することは固より望ましき次第なるも之か為め欧洲問題に迄捲込まるるか如きことは厳にこれを避くるの必要あり尚和蘭は東洋に植民地を有する関係上帝国に対し相当危惧の念を有し居りし処現内閣に於て蘭国との間に仲裁裁判及調停条約を締結し先方の危惧を除去せることは誠に結構なる事なりと思考す従て此等条約の批准は成るへく速に之を進むることと致度

(Source:国立公文書館 B02030015200)

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