極東国際軍事裁判記録 起訴状附属書A(ひらがな化、一部新字体化)
附属書A
検察当局が本起訴状中第一類中に含まれたる数個の訴因の支持のため依拠せんとする主要なる事実並に出来事を表示せる要約的細目
第一節
満洲に於ける軍事的侵略
千九百二十八年(昭和三年)一月一日以来一部民間人の支援の下に満洲に於て事件を惹き起さんとする策謀が日本国陸軍殊に関東軍に存したり
右事件は後日中華民国の他の部分及び「ソビエツト」社会主義共和国連邦の領土に拡大遂には一層広汎なる地域に拡大せられ且日本を世界に於ける支配的強国たらしむることを目的とせる制覇企図の第一歩として日本の為め該地を征服し占領し開発利用する口実をなすべきものたるなり
右策謀の実行過程に於ける主要なる出来事左の如し
千九百三十一年(昭和六年)九月十八日頃、長期に亘る勢力浸透並に其の結果たる衝突の後日本国軍隊は南満洲鉄道の一部を爆破し中華民国軍隊に於て右爆破を行ひしものの如く誣ひ之を武力攻擊し次で逐次且急速に遼寧、吉林、黒龍江及び熱河の中華民国諸省(東北諸省)の軍事占領を遂行せり
千九百三十二年(昭和七年)一月三日頃日本国軍隊は千九百三十一年(昭和六年)十一月二十四日日本国外務省が亜米利加合衆国に与へたる之を為さざる可き旨の保証にも拘らず錦州をを占領せり
千九百三十二年(昭和七年)一月十八日頃より日本国海軍は後には陸軍も加はりて上海に於ける中華民国人に武力攻擊を加へたり
千九百三十二年(昭和七年)一月二十八、九日頃日本は午前十二時十五分間北を爆擊せり
千九百三十二年(昭和七年)二月一日頃日本国軍艦数隻は南京を砲撃せり
千九百三十二年(昭和七年)中に於て日本は前記諸省に別個の傀儡政権を樹立し千九百三十二年(昭和七年)九月十五日に至り正式に之を承認せり
千九百三十一年(昭和六年)十二月十三日に政権を掌握したる日本国政府並に其の後の凡ての日本国政府は本侵略並に其の中華民国の他の部分に変する漸進的拡大敵策を採用し支持し且継続したり
日本は中華民国に対し何等宣戦の布告をなすことなく又平和的手段又は居中調停乃至仲裁々判に依り其の主張する紛争なるものを解決せんとする何等の努力もなすことなく千九百三十二年(昭和七年)二月五日亜米利加合衆国、大不列顛国及び仏蘭西国の為したる調停の申出を拒絶し日本及び中華民国が其の一員たりし国際連盟の任命したる「リツトン」委員会の報告及び勧告又は同連盟の決議を採用することを拒否し千九百三十三年(昭和八年)三月二十七日同連盟を脱退したり
千九百三十四年(昭和九年)四月十八日日本は日本以外の如何なる国による中華民国への干渉にも絶対反対なる旨声明せり
千九百三十四年(昭和九年)三月一日日本は「ヘンリー」溥儀を所謂満洲国の名目上の主権者の地位に就かしめたり然れども千九百四十五年(昭和二十年) 九月二日に至る迄数多の強大なる日本軍は依然として此等の地域に駐屯し此等の地域を其の後の侵略の根拠地として用ひ且日本の文官と相共に満洲国の政府、産業並に財政を全面的に支配し続けたり
第二節
中華民国の他の部分に於ける軍事的侵略
中華民国に対する日本の侵略は千九百三十七年(昭和十二年)七月七日新なる段階に入りたり其の日日本国軍隊は長城以南の中華民国領土に侵入し、日本政府も亦右侵略を採用し、支持し且継続せり爾後の日本国政府は孰れも同一政策を踏襲せり、本段階に於ける爾後の主要なる出来事は左の如し
千九百三十七年(昭和十二年)九月十九日より二十五日に至る頃日本軍は南京及び広東を爆擊し故意に多数の一般人を殺害せり
千九百三十七年(昭和十二年)十二月十三日頃日本軍は南京を攻略し数万の一般人を鏖殺し且其の他非道なる行為を行ひたり
千九百四十年(昭和十五年)中に日本は当時日本の占領下にありたる中華民国の部分(前記東北四省以外)に「中華民国々民政府」なりと主張する別個の傀儡政権を樹立し千九百四十年 (昭和十五年)十一月三十日頃正式に之を承認せり
此度も亦日本は中華民国に対し何等宣戦の布告をなすことなく又平和的手段又は居中調停乃至仲裁々判に依り其の主張する紛争なるものを解決せんとする何等の努力もなすことなく千九百三十七年(昭和十二年)九月二十五日には国際連盟の極東諮問委員会に参加することを拒絶し、千九百三十七年(昭和十二年)十月二十七日及び十一月十二日の二回に亘り千九百二十二年(大正十一年)二月六日締結せられたる九ケ国条約の他の調印団が「ブラツセル」に開催したる会議に出席し又は同条約の適用に就き論議することを拒絶し、千九百三十八年(昭和十三年)九月二十二日中華民国との紛争を調停する為め国際連盟に出席することを拒絶し而して千九百三十八年(昭和十三年)十一月四日遂に前記九ケ国条約は最早現時代には通用せざるものなりと宣言せり
日本は他の諸都市と共に千九百三十八年(昭和十三年)十月二十七日漢口を、千九百四十四年(昭和十九年)六月十八日長沙を、同年八月八日衡陽を、十一月十日桂林を、而して十一日には柳州を攻略し以て中華民国に於ける其の軍事的侵略を継続せり而かも上述諸都市の夫々に於て故意に多数の一般人を殺害し且其の他非道なる行為を行ひたり
第三節
中華民国並に大東亜に於ける経済的侵略
本起訴状の及ぶ期間中に於て日本は自国民に有利なる権利上の一般的優越性を確立し依て以て当初は満洲に於て後には其の支配下に帰したる中華民国の他の部分に於て商業上、産業上及び金融上の諸企業の事実上の独占権を樹立し且啻に日本及び此等諸企業に携はる自国民を富裕にする為めのみならず中華民国の抵抗力を弱化し他国並に他国民を排斥し且爾後の侵略の資金及び軍需品を準備せんとする計画の一部として是等地域を開発利用せり
本計画は其の創案者の少くとも一部の者の意図の如く経済的及び軍事的両面に於て漸時東亜細亜の残余の部分及び太平洋に対する同様の企画を包含するに至れり
其の後本計画は公式に「大東亜共栄圈」(本名称は是等地域に於ける日本の完全支配を目指す企図を偽装せんとせるものなり)に迄発展し日本は之を以て其の軍事行動の究極の目的をなすものなりと宣言せり
本書第四節に記述せられたると同一の諸機関は敍上の目的の為めに使用せられたり
第四節
中華民国及び他の占領地に於ける敗徳化方法並に威圧方法
本起訴状の及ぶ全期間中に於て歴代の日本国政府は中華民国及び彼等か占領し又は占領を企図せし他の地域に駐在せる陸海軍司令官並に軍部以外の機関を通し或は残虐残忍行為に依り或は武力及び武力行使の威嚇に依り或は贈賄及び敗徳工作に依り或は地方政治家及び領将間に於ける策動に依り或は直接間接に阿片其の他の麻薬の生産並に輸入の増加を奨励することに依り或は又如上地域に於ける民衆間に斯る麻薬の売込並に消費を助長する事に依り其等住民の抗戦意力の弱化を目的とする組織的政策を続行せり 日本国政府は秘密に多額の金員を支給し右金員は如上地域に於ける政府支援の阿片其の他の麻薬取引及び其の他の貿易活動に依り得たる利益と共に日本国政府の代行機関に依り上述の凡ての目的の為めに使用せられたり同時に日本国政府は阿片其の他の有害薬物の取引に関する国際連盟の委員会の議事に積極的に参加しつヽありたり且上述の秘密活動にも拘はらず日本が其の当事国の一員たりし阿片其の他の麻薬の取引の取締に関する諸条約の実施に付き他の当事国と充分に協力しつヽありと世界に向つて公言したるなり
麻薬の禁制取引への参加及び支援は千九百四十二年(昭和十七年)に大東亜省創設の為め合同せしめられたる対満事務局、対支事務局及び南方事務局の如き幾多の日本国政府機関並に陸海軍の上級将校又は司政官により運営又は監督せられ居る諸多の占領国及び所謂独立(傀儡)国に於ける多数の補助機関並に商事会社に依り遂行せられたり
加ふるに上述の阿片其の他の麻薬の取引に依る収入は本起訴状中に述べたる侵略戦争の準備並に続行に要する財源として用ひられ又日本国政府に依り諸多の占領地に樹立せられたる傀儡政権の確立並に之に対する資金供給の為め使用せられたり
第五節
戦争に対する一般的準備
将来の侵略戦争を考慮に入るヽと共に中華民国に対し既に行ひつヽある侵略戦争に対する他国の干渉を排する為め日本は千九百三十二年(昭和七年)一月一日以来海軍、陸軍、生産及び財政上の戦争準備を強化したり即ち以下の如し但し之により上記の主張に制限を加ふるものにあらず
(イ)海軍
日本は他の調印諸国を説得し自己に明かに有利なる海軍総噸数の共通最高制限に同意せしめんとの企てに失敗したる後千九百三十四年(昭和九年)十二月二十九日頃華盛頓海軍条約を廢棄せり
千九百三十六年(昭和十一年)六月二十三日頃日本は倫敦海軍条約の遵守を拒絶せり
千九百三十八年(昭和十三年)二月十二日又は其の頃日本は亜米利加合衆国、英国及び仏蘭西の要請に際し自国海軍建設計画の発表を拒絶せり
日本は不断に自国の海軍力を秘密裡に増強せり
千九百四十一年(昭和十六年)十二月七日―八日真珠湾、新嘉坡、香港、馬来及び上海に対し遂に行はれたる奇襲攻擊及び太平洋並に印度洋に於ける他の場所及び「ソビエツト」社会主義共和国連邦の領土に対する同様の攻擊を目的とする秘密海軍計画を日本は不断に特に千九百四十一年(昭和十六年)中を通じて為したり
(ロ)陸軍
日本は単に中華民国に対する侵略戦争に必要なる程度のみならず他の侵略戦争の目的の為め必要なる程度に自国陸軍兵力を継続的且漸進的に增强せり千九百三十九年(昭和十四年)四月六日には国家総動員法を可決し其の後之を実施せり
(ハ)海陸軍
日本は国際連盟より委任統治権を与へられたる島嶼を継続的且漸進的に要塞化せり
違反条約条項 第十五、第十七、第十八、第三十一
(ニ)生産
日本は他の侵略戦争の為め自国領土内並に其の占領下又は支配下に在る地域内に於て中華民国に対する侵略戦争に必要なる限度を越えて軍需生産力を継続的且漸進的に増強せり
(ホ)財政
上述の諸目的の為めに要せる財源は其の一部は予算に計上せられたる租税に依り一部は借入金に依り更に一部は本附属書第三節に記述せる如き搾取殊に本附属書第四節に記述せる麻薬の販売より生じたる利益に依り充当せられたり
第六節
日本の政治及び輿論の戦争への編成替
命令又は慣習に依り日本憲法中に編入せられたる二個の規定は軍国主義者に政府に対する支配力を得るの機会を与へ軍国主義者は本起訴状の及ぶ期間中斯る機会を捉へたるものなり
其の第一は参謀総長、軍令部長及び他の陸海軍の主脳者が随時天皇に帷幄上奏を為し得るのみならず如何なる政府に在りても其の陸海軍大臣を任免するの権利を有したることなり斯くして右両者の孰れもが政府の成立を阻止し又は成立後其の崩潰を齎らすことを得たり此の権力は千九百三十六年(昭和十一年)五月に於て陸海軍両大臣は現役上級将校を以て任ぜざる可からずとする規定の制定に依り更に強化せられたり例へば千九百四十年(昭和十五年) 七月二十一日に於ける米内内閣の崩潰、千九百四十一年(昭和十六年)十月十六日に於ける第三次近衛内閣の崩潰は事実上陸軍に依り惹起せしめられたるものなり而して各々の場合内閣は陸軍の要望により多く追従する内閣に依り後継せられたり
其の第二は議会は予算否決権を有したるも此の権利は議会に何等制御力を与へざりしことなり何となれば此の場合に於ては前年度予算が引続き効力を有すればなり
此の時期に於て従来存したる自由なる議会的諸制度は漸次撲滅せられ「フアシスト」或は「ナチ」型類似の組織が導入せられたり此の事実は千九百四十年(昭和十五年)十月十二日の大政翼賛会及び其の後の翼賛政治会の設立に依り明確なる形を採るに至れり
此の時期に於て膨脹主義煽動の熾烈なる運動が進められ其の初期に於ては個々の著述家或は講演者等に依りて為されたるも漸次政府機関に依り組織化せらるヽに至れり而して此等機関は右政策に対する反対者の言論著述の自由を撲滅したるなり之と同様の目的を有する多数の団体が其の或るものは秘密結社として陸海軍部内及び軍部以外の人々の間に設立せられたり本政策に対する反対は本政策に充分なる好意を有せざるものと思考せられたる指導的政治家の暗殺並に斯かる暗殺の恐怖及ひ脅迫に依り潰滅せしめられたり警察殊に憲兵隊は亦斯かる戦争政策に対する反対を弾圧する為めに使用せられたり
教育制度は民間に於ても陸海軍に在りても全体主義の精神、侵略、戦争欲求、残忍、仮想敵国に対する僧悪を諄々と教へ込むことに使用せられたり
第七節
日本、 独逸及び伊太利間の協力仏領印度支那及び泰国に対する侵略
千九百三十六年(昭和十一年)初期以後の歴代日本国政府は欧州の全体主義国家即ち独逸及び伊太利と緊密なる友交関係を修めたり該両国は東亜、印度洋並に太平洋に関する日本の計画と同様なる計画を世界の残余の部分に関して抱懐せるものなり
千九百三十六年(昭和十一年)十一月二十五日右三国は秘密議定書及び秘密軍事条約を含む防共協定に調印せり
本協定は表面上「ソビエツト」社会主義共和国連邦並に共産主義を対象となせるも実際に於ては又一般に共同の侵略的行動への序幕として意図せられしものなり
「満洲国」傀儡政権及び中華民国の南京政権其の他枢軸三国の支配下にありし諸国は防共協定に加入を許されたり
千九百三十八年(昭和十三年)一月一日より千九百三十九年(昭和十四年)八月二十三日に至る迄の期間に於て日本、独逸及び伊太利間には経済的、政治的並に軍事的同盟の確立を目指し広汎なる交渉行はれたり
千九百三十九年(昭和十四年)八月二十六日日本は在華盛頓日本国大使を通じ亜米利加合衆国に対し日本は防共協定に基く一層緊密なる関係を結ぶ為めの独伊との交渉は爾後一切之を抛棄するに決したる旨確言せり日独間に於ける経済的、政治的並に軍事的同盟確立の為めの交渉は千九百四十年(昭和十五年)六月再開せられたり
独逸が後に独逸に追従する仏蘭西「ビシー」政権として知らるヽに至りし当局者と千九百四十年(昭和十五年)六月休戦し仏蘭西の大部分を占領したる後千九百四十年(昭和十五年)八月十三日より九月二十二日に至る迄の期間に於て日本は仏領印度支那総督政府を説得、強要し以て該国特に其の北部に於ける軍事的、経済的譲与を目的とする協定を日本と締結せしめたり千九百四十年(昭和十五年)九月二十二日同日協定が調印せられたるにも拘らず日本軍は仏印軍隊を攻撃し強力なる抵抗に遭遇せり
千九百四十年(昭和十五年)九月二十七日日本は独伊両国との三国協定に調印せり
千九百四十一年(昭和十六年)の初期泰国、仏領印度支那間の国境紛争の機会に乘じ日本は右紛争の調停者又は仲裁者として行動すると称し乍ら事実は将来の侵略に於て泰国の援助並に服従を得ん事をも考慮し泰国に不相当に有利なる解決を為せり同時に仏領印度支那に於て更に軍事的、経済的譲与を要求せり該解決は千九百四十一年(昭和十六年)五月六日―九日最後的に締結せられたり
千九百四十一年(昭和十六年)二月下旬より始めて日独両国は新嘉坡及び他国の領土に対する共同軍事行動の件に関する交渉を為せり
千九百四十一年(昭和十六年) 七月一日独逸、伊太利並に他の欧州諸国に於ける右両国への追従諸政府は日本の要請に依り所謂「中華民国々民政府」を承認したり
千九百四十年(昭和十五年)七月十二日日本、泰国間に友好条約が調印せられたり
千九百四十一年(昭和十六年)五月より七月に至る迄の期間に於て日本は仏領印度支那総督政府を更に誘引且強要して日本軍に対し上陸、海軍及び空軍の基地建設並に南部仏印に於ける一般的支配の獲得を許可せしめたり此の場合に於ける主要目的は直接には全英連邦と蘭領印度に対し間接には亜米利加合衆国に対する侵略の為めの基地を準備するにありたり該協定は千九百四十一年(昭和十六年)七月二十一日及び二十九日最後的に締結せられ日本国軍隊は二十九日西貢に上陸し海空軍基地を建設し且仏領印度支那の支配力を一般的に獲得したり
敍上の対仏印交涉を通じて日本は其の目的達成の為め独伊の援助を利用して「ビシー」政権を強制し同時に不法武力に依り直接威嚇せり
此の侵略及び爾後の侵略の威嚇に対する反動作用の意味に於て亜米利加合衆国は七月二十五日大不列顚国は七月二十六日其の支配下に在る日本並に中国の資産を凍結し日本に対し他の経済的圧迫を加へたり
千九百四十一年(昭和十六年)十一月二十五日日本は秘密条項附の防共協定を更新せり
千九百四十一年(昭和十六年)十二月一日又は其の頃日本は三国協定を援用し戦争開始後に於ける合衆国に対する宣戦の布告並に「単独不講和条約」の締結を独伊に対し要請せり
千九百四十一年(昭和十六年)十二月五日日本は亜米利加合衆国に対し仏領印度支那に於ける軍隊の移動は予防処置に過ぎずと確言せり
千九百四十一年(昭和十六年)十二月七日―八日日本は亜米利加合衆国、全英連邦並に泰国の領土に対し奇襲攻撃を行ひたり而して此の後の二国に対する攻撃には仏印基地を使用せり
千九百四十一年(昭和十六年)十二月十一日、独、伊三国は「単独不講和協定」に調印せり
千九百四十二年(昭和十七年)一月十八日日、独、伊間に於ける軍事条約が伯林に於て調印せられたり
千九百三十六年(昭和十一年)より千九百四十五年(昭和二十年)に至る迄の期間中敍上三国間に緊密なる軍事上、経済上並に外交上の協力及び情報交換が維持せられたり独逸の要請に応じ日本は千九百四十一年(昭和十六年)十二月七日―八日の戦争の当初より仮借なき潜水艦戦及び沈没艦船又は拿捕艦船の乘組員の撲滅と云ふ独逸の政策を採用せり
千九百三十九年(昭和十四年)より千九百四十一年(昭和十六年)に至る迄の期間亜米利加合衆国、全英連邦、和蘭王国並に仏蘭西共和国に対し又千九百三十九年(昭和十四年)より千九百四十五年(昭和二十年)に至る迄の期間「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対し日本は威嚇的態度を持続し且此等諸国に対する攻擊に便利なる地方への軍隊の集中強化をなし名目上末だ中立を維持せし間に於てすら其の敍上諸国民に対する戦争に於て直接独伊両国を援助せしなり
第八節
「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対する侵略
長年に亘り日本は「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対し侵略戦争を絕えず準備し且侵略行為を行ひ来りたり
千九百十八年(大正七年)より千九百二十二年(大正十一年)に至る迄の期間に於て日本は蘇連領極東を略取せんとする其の企図に失敗せしも「バイカル」湖以東の蘇連領略取の意図を放棄せざりき
千九百二十八年(昭和三年)以来日本国参謀本部は其の開始の好機を切に窺ひつヽ「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対し侵略戦争を計画し来りたり
「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対する侵略戦争の準備に於ける重大なる第一歩は千九百三十一年(昭和六年)に於ける満洲の占領にして該地は朝鮮と共に数年の間に「ソビエツト」社会主義共和国連邦攻撃の軍事的根拠地に変ぜられたり戦略上重大なる意義を有する鉄道並に国道が千九百三十一年(昭和六年)以後満洲に於て建設せられ且「ソビエツト」社会主義共和国連邦の国境に延びたり関東軍兵力は千九百三十一年(昭和六年)に於ける二箇師団より増加せられ千九百四十一年(昭和十六年)には十五箇師団となれり
「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対する侵略戦争に役立たせる為めの多数の飛行場、防備地域軍需品集積所、兵営、海港及び河港が新に構築せられたり
満洲に於ては軍需産業は急速に発達せり「ソビエツト」社会主義共和国連邦の国境に隣接せる地域は動員の際関東軍を増強するの目的を以て日本の予後備兵に依て植民せられたり「ソビエツト」連邦に対する新聞紙、「ラヂオ」等に依る悪宣伝は強烈に行はれたり満洲地方に於て日本は「ソビエツト」連邦に敵意を有する露国人移住者出の分子を大規模に組織し且支援し彼等をして「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対し敵対行為に出づるの準備を為さしめたり日本は組織的に国境に於て武力衝突を仕組み又東支鉄道に於て破壞行動及び兇暴行為を仕組めり
千九百三十二年(昭和七年)日本は再度に亘り不侵略協約を締結せんとの「ソビエツト」社会主義共和国連邦の申出を拒絶せり
千九百三十八年(昭和十三年)日本は宣戦の布告を為さずして「ソビエツト」連邦領を「ハサン」湖地域に於て攻撃せり
千九百三十九年(昭和十四年)再び日本は宣戦の布告を為さずして「ソビエツト」社会主義共和国連邦の同盟国たる蒙古人民共和国の領土を「ハルキン・ゴール」河(ノモンハン)地域に於て攻擊し蒙古人民共和国軍並にその同盟軍たる赤軍と交戦せり其の双方の場合に於て日本は戦鬪により赤軍の兵力を偵察せんとするの目的並に「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対する将来の戦争の為めの戦略的地点を略取せんとするの目的を追求せしものなり二回に亘り撃退せられ且重大なる損害を蒙りたるも日本は「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対する奇襲攻擊の準備を中止せざりき
「ソビエツト」連邦に対する戦争を準備するの一方日本は数年に亘り共同侵略に関し「ヒツトラー」の独逸並に「フアシスト」伊太利と交渉を行ひたり侵略者達の本企図に於ける主要段階は千九百三十六年(昭和十一年)に於ける所謂「防共協定」の締結並に「ソビエツト」社会主義共和国連邦を含む民主々義的列強に対する共同侵略行為を目的とせる千九百四十年(昭和十五年)に於ける日独伊同盟の調印なりき
千九百四十一年(昭和十六年)三月民主々義的諸国に対する共同の侵略につき「ヒツトラー」と謀議する目的の為め伯林に滞在中、被告松岡は独逸国政府より「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対する独逸国の戦争準備に関する情報を受けたり千九百四十一年(昭和十六年)(四月十三日に於ける日本の為めにする中立条約の締結に続き「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対する独逸国の背信的攻撃の後早くも七月初旬松岡は東京駐剳の「ソビエツト」大使に対し、日本外交政策の基調は独逸との同盟にある旨並に独逸が日本に対し援助を要求したる場合「ソビエツト」社会主義共和国連邦との中立協定は日本に対し日本が独逸側に立ちて戦争を行ふ何等の障礙を与ふるものに非ざる旨を公式に言明せり右言明の通り独蘇戦の全期間中日本を支配せし軍閥は公然と「ソビエツト」連邦に対し敵意を示し精鋭なる軍隊を「ソビエツト」国境に駐屯せしめ且広汎なる反「ソビエツト」連邦宣伝を組織的に行へり日本は「ソビエツト」社会主義共和国連邦に関する情報を独逸に提供して積極的に「ヒツトラー」の独逸を援助し且禁止区域及特別制限水路を設定して海峡を封鎖し以て極東に於ける「ソビエツト」社会主義共和国連邦の商船に対し海賊的攻撃を組織的に行へり
独逸に援助を与ふる為め千九百四十一年(昭和十六年)夏期に於ける「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対する独逸の攻擊後日本は満洲に於ける兵力を倍加し且後には此の兵力を百万に増強し依て「ソビエツト」連邦をして相当兵力を対独戦に用ふる代りに極東に維持するの巳むなきに至らしめたり
此の千九百四十一年(昭和十六年)の夏日本は「ソビエツト」社会主義共和国連邦に対する奇襲攻撃の新なる計画を作成し且関東軍をして右攻撃の為め常に充分なる準備を為さしめたり日本は右計画を実行し得ざりしも右は上記に見らるヽ如く日本が無視したる中立条約の為めに非ずして「ソビエツト」社会主義共和国連邦軍隊の対独戦に於ける成功に基因したるものなり
第九節
日本、亜米利加合衆国、比律賓国及び全英連邦本附属書中の他の節は凡て本節に関連するものなるも茲に反復せず
千九百三十一年(昭和六年)より千九百四十一年(昭和十六年)十二月に至る迄の間一方日本と他方亜米利加合衆国及び大不列顛国間の関係は東亜に於ける日本の侵略行為並に国際交渉に於ける其の表裏相反の故に悪化の一路を辿れり
亜米利加合衆国及び大不列顚国は屢次に渉り日本の軍事行動が本起訴状訴因第二に記載せる条約規定の違反なることを主張し且同条約に基く中華民国及日本の義務に両国の注意を喚起せり、亜米利加合衆国及び大不列顛国は又同条約に違反して満洲其の他地域に於て惹起せしめられたる如何なる状態も之れを承認せざるべき旨宣言せり
日本は紛れなき言辞を以て中華民国に何等領土的野心を有せざること並に中華民国に於ける門戸開放政策を尊重すべき旨の保証を与へたり、此等の保証にも拘はらず日本は満洲国に傀儡政権を樹立し次で亜米利加合衆国及び英国の通商に対し門戸を閉鎖したり
満洲の地固めを為したる後日本は長城以南に何等領土的野心を有せずとの保証にも拘はらず東亜に於ける侵略政策を継続せり
亜米利加合衆国及び大不列顛国は日本の最大の利益は平和にあることを悟らしめんと努力したり然れども其の行動より視るも日本が隣接せる諸国及び領土を獲得せんが為めに武力に訴へんと意図せること明白なりき
千九百三十五年(昭和十年)を通じて日本は其の陸海軍力を増強し中華民国に対する支配を拡張せんが為めに制限的軍事行動に着手せり亜米利加合衆国及び大不列顛国は引続き条約上の義務に関し日本の注意を喚起したるも日本の軍事行動に対して何等效果を齎らさざりき
千九百三十六年(昭和十一年)亜米利加合衆国は日本をして商業及び産業の分野に於ける機会均等の原則を承認せしめ優先的権利獲得の為め武力を行使せしめざることに努力したるも亦日本の拒否する所となりたり
千九百三十七年(昭和十二年)日本は亜米利加合衆国の提案せる国際関係の諸原則が自国の夫れと一致する旨宣言したるも東亜に於ける特殊事情を認識することに依りてのみ其の目的を達し得るものなることを述べ之れに制限を加へたり千九百三十七年(昭和十二年)日本は更に中華民国に軍事的侵略を開始したるを以て亜米利加合衆国は其の直後紛争調停の労を採るべき旨申入れ両国に対し戦争を回避すべく要望せり該申入は日本の受入るヽ所とならず右要望は何等の效果を生せざりき同年日本は九箇国条約の規定に基き召集せられたる「ブラツセル」会議に出席すべき旨の招請を拒絶せり千九百三十七年(昭和十二年)八月二十六日日本国軍隊は中華民国駐剳英国大使館所属の自動車を攻撃し又十二月十二日には揚子江上に於て亜米利加合衆国及大不列顚国所属の軍艦を攻擊したり
千九百三十八年(昭和十三年)末日本は東亜に於ける新秩序政策を宣言し且中華民国に於ける門戸開放政策の維持に関し無条件保証を与ふることを拒絶せり
爾後日本及び其の支配下の地域による亜米利加合衆国民及び英国民の権利侵害の事実多数発生したるを以て千九百三十九年(昭和十四年)七月亜米利加合衆国は千九百十一年(明治四十四年)の日米通商条約終結の通告を発したり
千九百四十年(昭和十五年)九月日本の独伊両国との軍事同盟締結後亜米利加合衆国は日本に対する鉄鋼鉄及び諸原科の輸出に制限を加ふるの已むなきに至れり
千九百四十一年(昭和十六年)三月諸懸案を解決し平和的解決に到達せんとの亜米利加合衆国の努力に因り華盛噸駐剳日本国大使と米国々務長官との間に数次の会談行はれたり、右会談の進行中日本は引続き戦争の準備に狂奔せり、七月二日の御前会議に於て明白に亜米利加合衆国、和蘭王国及び全英連邦に対して向けられたる南進政策決定せられたり、九月六日に於ける其の後の会議に於ては日本の要求が十月上旬の或時期迄に実現不可能と認められたる場合亜米利加合衆国、大不列顛国及び和蘭国に対し戦鬪を開始すべき旨の決定を見たり、十二月一日に於ける其の後の会議は確定的に開戦を決定せり、最後二回の会議の決定は秘密に為され居りたり、千九百四十一年(昭和十六年)十二月七日―八日未だ交渉の続行中日本は真珠湾に於て亜米利加合衆国の領土に対し、新嘉坡、馬来、香港、及び上海に於て全英連邦の領土に対し、又比律賓国並に泰国の各領土に対し奇襲攻撃を加へたり日本は。宣戦布告書の伝達を為さず又全英連邦及び比律賓国に対しては何等の文書をも発送せざりしなり、亜米利加合衆国に対しては前記の攻撃を加へたる後宣戦の布告には該当せず又該当せしむる意図なき文書を交付せり
日本は本起訴状の訴因第七及び第八中に言及したる凡ての他の条約上の義務を全く無視せるものなり
第十節
「日本、和蘭王国、葡萄牙共和国」、蘭領東印度及び「チモール」島の葡萄牙領は日本により垂涎せられ「大東亜共栄圈」と称せられたる地域内にありたり
此等地域を日本が攻撃せざる様拘束せる一般的条約に加ふるに条約条項第二十及び第二十一は各々明確なる語句にて此等諸国に言及せり日本は又和蘭と東印度に関する条約を締結し居りたるも該国に対する侵略準備の為め千九百四十年(昭和十五年)六月十二日之を廃棄せり時恰も和蘭本国は日本の同盟国たる独逸に依り背信的に席巻せられて間なく、和蘭政府は已むなく英国へ亡命し居りたり其の後日本は右亡命政府を強要し日本に不当に有利なる条件にて新条約に同意せしめんと努力したるも右政府は之に応ぜざりしものなり日本の東亜に於ける一般的侵略戦争の準備には蘭領東印度を侵攻する意図を含み居りたり千九百四十一年(昭和十六年)七月に完了せる日本の仏領印度支那占領並に千九百四十一年(昭和十六年)十二月七日―八日に於ける亜米利加合衆国並に全英連邦の諸領土に対する攻撃は凡て蘭領東印度への侵攻を含む計画の一部なりしなり
右計画は特定的に千九百四十一年(昭和十六年)九月六日の御前会議の決議事項の一とせられたるものなり故に和蘭政府は右攻撃後直ちに自己防衛の為め日本に対し宣戦を布告せり
千九百四十二年(昭和十七年)一月十一日日本は蘭領東印度に侵攻し其の後急速に之を占領せり
千九百四十二年(昭和十七年)二月十九日日本は権利又は葡萄牙共和国との紛争理由を主張することなく葡萄牙領「チモール」に侵攻し全連合国に対する侵略戦争続行の目的の為め之を占領せり
(Source:国立公文書館 A08071274100)
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