極東国際軍事裁判記録 起訴状附属書D(ひらがな化、一部新字体化、不明文字あり)
附属書D
第三項の一部をなすものなり
戦争法規並に戦争慣例は文明諸国民の慣行と、当事者を直接拘束なすか又は確立し承認せられたる法則の証憑たる条約及び保証とに依り確立せらる以下本附属書の各部分に記載する条約及び保証は何れも概して両目的の為めに依拠せらるものにして、玆には其の最も重要なる条項のみを引用す
一、千九百七年(明治四十年)十月十八日海牙に於て締結せられたる陸戦の法規慣例に関する条約第四は(他の事項と共に)左の如く規定す
「締約国の所見に依れは右条規は軍事上の必要の許す限り努めて戦争の惨害を軽減するの希望を以て定められたるものにして交戦者相互間の関係及ひ人民との関係に於て交戦国の行動の一般維縄たるへきものとす
但し実際に起る一切の場合に普く適用すべき規定は此の際之を協定し置くこと能はさりしと雖も明文なきの故を以て規定せられなる総ての場合を軍隊指揮者の擅断に委ぬるは亦締約国の意志に非さりしなり
一層完備したる戦争法規に関する法典の制定せらるヽに至る迄は其の採用したる条規に含まれさる場合に於ても人民及ひ交戦者か依然文明国民の間に存立する慣習、人道の法則及ひ公共の良心の要求より生する国際法の原則の保護及支配の下に立つことを確認するを以て適当と認む」
右条約の一部を為す附属書中に記載せられたる規定は其の第一款に於て交戦者並に俘虜に関し第二款に於て戦闘に関し及び第三款に於ては敵国の領土に於ける軍の権力に関し規定せり
右附属書第一款第四条は(他の事項と共に)左の如く規定す
「俘虜は敵国政府の権内に属し之を捕獲したる個人又は軍団の権内に属することなし」
其の同じ時其の同じ場所に於て締結せられたる条約第十は海戦に関す
敍上諸条約は日本並に本起訴状に於て起訴を提起したる各国を含む四十箇国以上の国々により又は国々を代表して本件には重要ならざる一定の留保附にて調印せられ、批准せられ、斯くして戦争法規並に戦争慣例の一部又は証憑となるに至れり
二、敍上条約により意図せられたる戦争法規に関する一層完備したる法典は俘虜に関しては千九百二十九年(昭和四年)七月二十七日寿府に於て締結せられたる「俘虜の待過に関する国際条約」(以下に於ては「寿府条約」と称す)に包含せられ居れり
日本は右条約を批准せざりしと雖も右条約は下記理由の一又は数個の為め日本を拘束するに至れり
(イ) 本条約は日本及び本起訴状に於て起訴を提起したる各国を含む四十七箇国に依り又は此等諸国を代表して上記日附を以て調印せられ四十箇国以上に依り批准せられ斯くして戦争法規慣例の一部分となり又は其の証憑となるに至れり
(ロ) 被告の一人なる東郷茂徳が日本を代表する外務大臣として調印したる千九百四十二年(昭和十七年)一月二十九日附東京駐剳瑞西公使に宛てたる通牒は左の陳述を包含せり
「俘虜の待遇に関する条約に拘束せられおらざるも日本は亜米利加の俘虜に対し該条約の諸規定を準用せんとするものなり」
日本を代表する外務大臣として被告の一人なる東郷茂徳より東京駐剳「アルゼンチン」公使に宛てたる千九百四十二年(昭和十七年)一月三十日又は其の頃の日附の通牒中には左の如き記述あり
「帝国政府は俘虜の待遇に関する千九百二十九年(昭和四年)七月二十七日の条約を未だ批准し居らさるを以て帝国政府は該条約に拘束せらるヽことなし 然れ共帝国政府は其権力下に在る英吉利、加奈陀、濠州及ひ新西蘭の俘虜に対して該条約を準用すへし、俘虜に対する食糧及ひ衣料の供給に関しては帝国政府は相互主義に依り俘虜の国民的及ひ民族的習慣を考慮せんとするものなり」
右二つの通牒又は其の一に依り日本は該条約第九十五条に従ひ該条約を承諾したるものにして其の当時に於ける戦争の状况は斯かる承諾に直に効果を与へたり
(ハ)右二つの通牒は其の各受領者を通し右通喋が移牒さるヽ事を意図せられ且実際移牒せられたる亜米利加合衆国、大不列顚北愛蘭連合王国、加奈陀、濠州及び新西蘭に対する保証を構成すると共に其の各場合に於て日本と戦争中なりし凡ての国家に対する保証を構成せしものなり
上記の事項を除外すれば上記寿府条約中には「準用」なる字句が適当に当て篏まるべき規定なし
三、千九百二十九年(昭和四年)七月二十七日寿府に於て締結せられたる戦地軍隊に於ける傷者及び病者の状態改善に関する国際条約(「赤十字条約」として知られ又以下に於て称す)は(他の事項と共に)次の如く規定せり
「第二十六条 交戦軍の総指揮官は各其の本国政府の訓令に従ひ且本条約の一般原則に準拠し前諸条の執行に関する項目及規定漏の事項を補足処理すへし」
日本は他の四十箇国以上の諸国と共に斯くして戦争の法規慣例の一部となり又は其の証憑となりたる該条約に締約図の一員として参加せり、千九百四十二年(昭和十七年)一月二十九日■は其の頃の日射の上述通牒に於て日本は左の如く述べたり
「日本は千九百二十九年(昭和四年)七月二十七日の示十字に関する寿府条約を該条約の調印国として厳格に遵守するものなり」
東京駐剳瑞西公使に宛てたる被告の一人東郷茂徳が外務大臣として日本国を代表して署名せる千九百四十二年(昭和十七年)月十三日附の通牒に次の記述ありたり
「帝国政府は相互主義の■に現戦争中千九百二十九年(昭和四年)七月二十七日の俘虜の待遇に関する諸規定を出来得る限り敵国の一般人収容者に適用すべく且其の自由意思に反して彼等に労働を課せさる事に定めたり」
該通牒は中華民国以外の日本と戦争中の凡ての国家(此等諸国家は実際該条約の条項を日本の一般人収容者に適用し得るものとし適用せり)に対する保証を構成せり
上述諸保証は日本外務省に依り屢次に亘り繰返しなされ近くは千九百四十三年(昭和十八年)五月二十六日にもなされたり
違反行為の細目
凡ての犯行は明定的に挙示せられたる条約及び保証の諸条項違反たるに加ふるに且此等条項により部分的に証せられたるが如く戦争法規及び慣例の違反なり
第一節
上記海牙条約の上記添附書第四条並に上記寿府条約の全部及び上記保証の各々に反する俘虜の慘酷なる待遇、本節中に編入せられたる本件第二節乃至第六節に主張せる慘酷なる待遇に加ふるに俘虜並に一般人収容者は日本軍将兵に依り殺害せられ、殴打せられ、拷問せられ及び其の外の虐待を受け又婦人俘虜は凌辱せられたり
第二節
上記海牙条約の上記添附書第六条並に上記寿府条約第三編及び上記保証の各々に反する俘虜労働の違法使用、本使用は次の諸点に於て違法なり
(イ) 俘虜は作戦に関係あるのみならず直接関係ある作業に使用せられたり
(ロ) 俘虜は肉体的に不適当なる作業、及び不健康的にして危険なる作業に使用せられたり
(ハ) 日々の作業時間は過度にして又俘虜は各週二十四時間継続の休息を許されざりき
(ニ) 作業条件は懲戒的処置に依り一層困難ならしめられたり
(ホ) 俘虜は不健康なる気候並に危険地帯に充分の食糧、衣服又は靴無くして収容せられ且作業を強制せられたり
第三節
上記海牙条約の上記添附書第七条、上記寿府条約第四条及び第三編の第九条乃至第十二条及び上記保証に関する俘虜に対する給養の拒絶及び不履行
国民的及び民族的習慣の相違に因り日本軍隊に給与せられたる食糧及び衣服は白色人種に属する俘虜に給与せられたる場合に於ても之を給養するに不充分なりき上記条約又は保証の孰れかに従ひ適当なる食糧及び衣服が行はるヽことなかりき
収容所及び労働分遣所の構造及び衛生状態は上記諸条項に全く適合せず、極めて劣悪、不健康的且不適当なりき
浴洗及び飲料の諸設備は不充分にして且劣悪なりき
第四節
上記海牙条約の上記添附書第八条及び上記寿府条約第三編第五款第三章並に上記保証に反する俘虜に対する過度にして違法なる処罰
(イ) 俘虜は主張せられたる犯行に対し何等の裁判又は審理を受くることなく殺害せられ殴打せられ又拷問せられたり
(ロ) 斯かる権限なき処罰が仮令実証し得たりとするも上記諸条約の下に於ては何等犯行の構成せさる主張せられたる犯行に対し科せられたり
(ハ) 個人の主張せられたる犯行に対して団体的処罰が加へられたり
(ニ) 俘虜は逃亡未遂に対して監禁三十日以上の刑を宣せられたり
(ホ) 俘虜裁判の諸条件は上記の章に規定せられたる諸条件に適合せざりき
(ヘ) 刑の宣告を受けたる俘虜監禁の諸条件は上記の章に規定せられたる諸条件に適合せざりき
第五節
上記寿府条約第三条、第十四条、第十五条及び第二十五条、上記赤十字条約第一条、第九条、第十条及び第十二条及び上記保証に反する傷病者、衛生人員及び看護婦の虐待
(イ) 傷病将兵、衛生人員、従軍牧師及び自発的救助団体の人員は尊敬及び保護を受くることなく、殺戮せられ虐待せられ無視せられたり
(ロ) 衛生人員、従軍牧師及び自発助団体の人員は日本側に不法に抑留せられたり
(ハ) 看護婦は強姦、殺戮又虐待せられたり
(ニ) 収容所には病舍なく重患俘虜及び大外科手術を要する者は之を治療するに適当なる軍又は民間施設に入所することを許されざりき
(ホ) 月例健康診断は実施せられざりき
(ヘ) 傷病俘虜は其の為め疾病よりの回復に害あるに拘はらず移送せられたり
第六節
上記海牙条約の上記添附書第八条、上記寿府条約の第二条、第三条、第十八条、第二十一条、第二十二条及び第二十七条並に上記保証に反する、俘虜殊に将校に与へたる屈辱的行為
(イ) 俘虜は住民の侮辱及び好奇心に曝す為め故意に日本の占領地に留置し労働せしめられたり
(ロ) 日本及び占領地に於ける俘虜は将校をも含め賤役を強制され又公衆の環視に曝されたり
(ハ) 将校俘虜は下士官、兵卒の支配下に置かれ且之に敬礼し又作業することを強制せられたり
第七節
上記海牙条約の上記添附書第十四条 上記寿府条約の第八条及び第七十七条並に上記保証に反する俘虜に関する情報及び同件の照会に対する回答の蒐集及び伝送の拒絶及び不履行
上記諸条項の要請する如き適当なる記録は保存せられず又情報も提供せられず又保存されたる記録の内の最も重要なるものは故意に破棄せられたり
第八節
上記海牙条約の上記添附書第十五条、 上記寿府条約の第三十一条、第四十二条、第四十四条、第七十八条及び第八十六条並に上記保証に反する利益保護国、赤十字社、俘虜及び其の代表者の権利の妨害行為
(イ) 利益保護国(瑞西国)の代表者は収容所の訪問又は俘虜の居住地区への立入を拒絶せられ又許可を与へられざりき
(ロ) 斯かる許可の与へられし時に於ても俘虜との会話は立合人無くしては許可せられず或は全然之を許されざりき
(ハ) 斯かる場合収容所内の状態は平常より良好に見ゆるが如く欺瞞的に準備せられ又俘虜は若し不平を告げ訴ふるに於ては処罰せらるべしと脅迫せられたり
(ニ) 俘虜及び其の代表者は俘虜の労働の性質、其の他に就き不平を訴へ又は軍当局乃至利益保護国と自由に通信することを許可せられざりき
(ホ) 赤十字社の小包及び郵便物は配布を差止められたり
第九節
千八百九十九年(明治三十二年)七月二十九日海牙に於て(其他の国々と共に)日本及び中華民国により調印せられたる窒息瓦斯に関する国際宣言、上記海牙条約の上記添附書第二十三条(イ)並に「ベルサイユ」条約の第百七十一条に反する毒物の使用
日本の中華民国に対する戦争に於て毒瓦斯が使用せられたり 本主張は該国に限らる
第十節
上記海牙条約の上記添附書第二十三条(ハ)に反する兵器を捨て又は自衛の手段尽きて無条件降伏をなせし敵兵の殺害
第十一節
上記海牙条約の上記添附書第二十三条(ト)第二十八条及び第四十七条に反する、軍事上の正当理由又は必要に基かざる敵産の破壞並に掠奪
第十二節
上記海牙条約の上記添附書第四十六条並に戦争法規慣例に反する、占領地域に於ける家族の名誉及び権利、個人の生命、私有財産並に宗教の信仰及び遵行に対する尊重の不履行並に同地域内住民の追放及び奴隸化
多数の占領地域内住民は殺戮拷問暴行其他の虐待を受け、理由なく拘引収容せられ、強制労働に送られ且其の財産は破壞若くは没収せられたり
第十三節
千九百七年(明治四十年)の海牙条約第十号の第十六条に反する海戦に依り撃沈せられたる艦船の生存者及び拿捕艦船の乘組員の殺害
第十四節
(上述中)最後に述べられたる条約は即ち千九百七年の海牙条約第十号)の第一条に反する軍用病院船尊重の不履行並に同条約第六条及び第八条に反する日本病院船の不法使用
第十五節
中立国艦船に対する攻撃、殊に当然与ふべき警告なしの攻撃
(Source:国立公文書館 A08071274100)
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