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南支方面に於ける米国勢力の浸潤 1933年08月24日

 南支方面に於ける米国勢力の浸潤(ひらがな化、一部新字体化、不明文字あり、図省略)


昭和八年八月二十四日

支那時局報 第四十四號

南支方面ニ於ケル米國勢力ノ浸潤

         参謀本部


     目次

第一、 緒言

第二、 南京政府を通し航空勢力扶植の状況

第三、 米国系航空会社の南支発展

第四、 米支直通無線通信権問題

第五、 広東に於ける米国の策動

第六、 福建に於ける米国の策動

第七、 結言

附図  南支方面米国勢力侵入状況要図


   第一、緒言

満洲事更発生以来我国朝野の関心は主として満蒙乃至北支方面に指向せらんありしか此間南支方面に在りては列強時に米国勢力浸潤の状顕著なるものあり

就中最も注目すヘきは米国航空勢力の進入なりとす即ち上海事件の苦杯に懲りたる支那官民の間に昨夏以来頓に抬頭し来れる航空救国運動は南支方面に於て最も熾烈を極めありしか適彼等の抱懐せる米国迎合主義乃王依米制日思想と相俟て茲に米国航空勢力南支進出の機運を激成し延いては一般軍事的、政治的竝経済的勢力の侵入を招来するに至り今や長江沿岸を始め浙江、福建、広東等南支沿海の諸要地に牢手抜くヘからさる勢力を扶植せんとしつヽあり加之最近福建沿岸に米国海空軍根拠地設定説伝ヘられ又米機に依る上海、香港、馬尼刺間試験飛行成功の情報あり斯くして南支方面に於ける米国の活動日と共に愈〻繁からんとし其動向は今や我か対支政策竝国防上軽視すヘからさるに至れり

依て前号時局報との重複をも厭はす左に其梗概を記述せんとす

   第二、南京政府を通し航空勢力扶植の情况

一、中央空軍に対する米国勢力の確立

従来支那空軍は使用飛行機飛行士の技術等に於て著して不統一の弊を有せんか昨年末頃か改造の第一着手として一先つ部隊数を三機宛の三隊に縮編し之より生したる余力を挙けて悉く杭州飛行学校に集中し此処に於て米国教官指導の下に飛行士の統一教育を行ふことに定められ爾来該地に於ては退役米国航空兵大佐「ゼー、エッチ、ジョネット」を総顧問とし外に米人教官技師等十五名ありて校内の実権を掌握しあり(独人教官は昨秋飛行将校の抗州飛行学校副校長毛邦初打倒運動に連坐し辞職せしめられたり)又各航空隊は南京、漢口、南昌に配置せをれ近き将来に於て完備せらるヘき一隊七機(中央空軍の拡張計画は七機七隊、七団―計三百五十機と称せらる)の新鋭機は全部米機を以て整備せらるヘしとの事なるを以て結局人員器材共に完全に米国を背景とする一大航空勢力か長江沿岸地方に建設せられんとする情勢を示すに至れり

南京政府は米国より昨秋十二機、今春三十一機を購入せんか更に米国「カアチス」会社に単座戦闘機三十六機(米金百万弗)の注文を発し内十九機は既に去る七月二十一日より八月十六日迄に上海に到着し■余は三ヶ月以内に送致さるる由なるを以て上記の計画は大体に於て着々進行の途上に在るものと看做し得ヘし因に右戦闘機は「ライトサイクロン」七百馬力(九気筒)発動機を有し最高時速二百哩降下速度三百五十哩に及ひ飛行距離六百五十哩にして三十口径联動機関銃二を有す

二、揚子江口附近に米軍飛行根拠地設定運動

昨秋来伝ヘらるる所に依れは米国は日本に対する防衛上の見地より揚子江下流地方に三個の飛行根拠地を設定するの必要を認め其第一の候補地として海州を実査したるか早くも日本側の感知する所となりしを以て之を断念し抗州の支那側飛行根拠地より程遠からす地点に二個所を選定し他の一個所は浙江省南部の温州を有力なる候補地と看做し極秘裡に計画を進めつヽありと

三、国民政府との間に航空借款乃至密約成立に関する情報

昨昭和七年末期以来頻りに米支航空借款其他に関する密約の成立説伝ヘられあるか試に之に関する諸情報を蒐録すれは左の如し

 (イ)情報其一

借款額 一、五〇〇万弗

条件 海州鎮海等の東方海岸に米国航空根拠地の設定を受諾

使途 右借款に依り向フ二ヶ年間に米国より飛行機五百機を購入

進行の程度 既に蒋介石と米国代表との間に仮調印を了すと

 (ロ)情報其二

米国は支那に一千機の飛行機を貸与す其内五百機を先つ輸送す

海州附近に十二畝の飛行場を設備す

海州附近板浦に築港す

米人教官十一名海州に到り現地偵察を終る

 (ハ)情報其三

借款額 一、五〇〇万弗

担保 或種の国税

契約者 財政部長宋子文

使途 右は航空三年拡張計画の資金に充当せんとするものにして拡張計画所要総経費は五、〇〇〇万両なりと

   又右拡張計画に依れは国民政府は長江沿岸附近の重要地点に最大規模の飛行場三ヶ所を設備す其第一飛行場は海州とす

   飛行機五百機購入の為孔祥煕渡米せり

 (ニ)情報其四

借款額 三、〇〇〇万弗(三中全秘密会議の決議)

    先つ其半額一、五〇〇万弗を借入に決定す

主唱者 蒋介石、但し当面伍朝枢、孫科両人をして提案せしめたり

 (ホ)情報其五(米支航空密約抜萃―時局載第四十号参照)

進行の程度 本年三月十六日華府に於て施肇基と米国国務省との間に仮調印を了すと

支那航空建設所要総額 当分米貨四、〇〇〇万弗(支那貨一二、〇〇〇万元)

支那本部に飛行機製造工場一、沿岸に修理工場四を設立し一切の所要機械は米国より購入す

少くも本年内に汕頭、泉州、鎮海、海州等の着陸場を建設し必要の場合米国飛行機、飛行船の自由着陸を許容す

本年七月より向く三ヶ年間を三期に分ち総計八三五機を整備す

右の内偵察戦闘両機は平常其半数を商用に供し爆撃機は其三分の一を商業用とし此種大型機を以て中国航空公司と連絡して米支間航空輸送をなす

航空燃料は米支合弁の形式を以て長江上流地方に於て採掘を許可し且米国側か沿岸飛行場に之か貯炭所を建設することを許容す

米支航空路は米国側に於て自由に設定し之に対し支那側は必要の便宜を供与す

 (ヘ)情報其六

宋子文の棉麦借款(五、〇〇〇万米弗)中一、〇〇〇万弗は兵器特に飛行機借款なり

 (ホ)情報其七

去る七月下旬廬山会議に於ける航空三年計画の要旨

経費合計 一億五千万元

先つ人材の養成及航空教官の招聘

飛行機各種類の選定及購入

以上七個の情報を総合し略■一致しある所は差当りの借款額一、五〇〇万弗乃至一、〇〇〇万弗、飛行機数五〇〇機■沿海竝長江沿岸地方に飛行場を急設すること等なり而して是等の事項は爾他の情報特に最近事実となりて現はれつヽある所と対照せは必らすしも一個の浮説として一蹴し去り難きものあり其将来の推移に関しては十分の監視を必要とすヘし

   第三、米国系航空会社の南支発展

一、中国航空公司の買収

「アラスカ」より「アルゼンチン」に至る南北米大陸の航空事業を壟断しある■来航空会社は本年四月南京政府との協定に依り中国航空公司(従来交通部と米国飛行機製造会社「カーチス」社との合弁)の株式中「カーチス」社の持株たる四割五分を買収して同社の利権を継承せり(最近の情報に依れは事実上支那側の持株は皆無の状態に在るものの如し)

中国公司の経営しある各定期航空路の情况左の如し

(イ)上海―海州―青島―天津―北平線   毎週三回

(ロ)上海―漢口線            毎週六回

(ハ)漢口―宜昌―重慶線         毎週二回

(ニ)重慶―成都線

六月一日航空開始の予定にて試験飛行を終りしも成都に在りし劉文輝か該地の飛行場設置に反対せし為爾後其儘となりあり

(ホ)上海―福州―厦門―汕頭―廣東線

「カーチス」会社製大型旅客機(座席八)を以て七月八日以後郵便飛行を開始せり(一週二回)

一般旅客輸送は九月より実施せらるる予定

二、上海、香港馬尼剌間試験飛行の成功

米国系汎太平洋航空会社の最新式飛行機「シコルスキー」号(発動機二、馬力一、〇〇〇、操縦者一、操縦兼無線技師一、外二名搭乗)は同社副支配人「ビックス、ピーカ」操縦の下に左の如き経過を以て八月十六日上海、香港、馬尼刺間の試験飛行を完成せり因に支那紙は米国領土と支那本部とを結ふ定期航空の開始近きに在りと報しあり

八月十四日午前 五時二〇分  上海発

〃    〃  九、二〇   福州着

〃    〃 一一、一五   〃 発

〃    午後 四、三〇   香港着

八月十六日午前 四、四五   〃 発

〃    〃  七、四五、  「プラタス」島通過

〃    午後 〇、一五   「ラプラドア」着(給油)

〃    〃  二、二〇   〃 発

〃    〃  三、二五   馬尼刺着

(図省略)

三、以上の事実に依り支那本部特に長江沿岸竝南支沿海地方に於ける民間航空の実権亦米国の掌握に帰しつヽあるを看取し得へきなり

   第四、米支直通無線通信権問題

一、要旨

米国通信勢力の対支進出運動は最近更に一歩を進め去る四月七日米国馬凱無線電信公司は国民政府交通部との間に通信に関する修正条約調印を了し米支直通無線通信権を獲得せり又右条約と同時に中国電気公司(馬凱傍系会社)と交通部との間に無線電話機購入契約の成立を見たり

右に関する経緯竝契約の要旨を略記すれは左の如し

一、馬凱公司の通信権獲得の経緯

目下米■通信に活躍しつつある米国会社はR.C.A系統及Mackay系統の二者に大別することを得

R.C.A系は一九一九年設立以来米国海軍を背景として世界無電界に雄飛しつヽある所にして一九三〇年十二月真茹大無線電信台の完成と共に米支通信を独占するに至れり

然るに一方 Mackay(馬凱)系は一九二八年米国、布哇、比律賓間の無縁通信を更に支那に延長せしめんとしてR.C.A系の対支通信権に割込み運動を開始するに至り昨昭和七年六月二十七日以後交通部との間に仮契約の交渉を継続せり而して爾後R.C.A系の反対と交通部内の紛糾との為暫く交渉行■しありしか本年四月七日遂に交通部長朱家驊と馬凱公司代表との間に調印を了するに至れり

三、米支直通無線契約の要旨

(イ)一九三三年五月十九日より米支直通無線通信を開始す

(ロ)上海、桑港を基点とする米支直接通信を行ひ故障ある場合比律賓を経由す但し商業用通信に限る

(ハ)契約期限八ヶ年但し両者の協議に依り更に五ヶ年毎に之を延期することを得

(ニ)料金収入は発受局均等とし各其地以外の延長線に転電する場合は各転電局側の収入とす

(ホ)戦時事変に依り各政府当局の為通信を停止せられたる場合、本契約通信を停止するも己むを得さるものとす

四、無線電話機購入契約の要旨

昭和七年六月交通部中国電気公司間の仮契約に於ては三十一万金弗を以て大型無線電信機一組及小型機四機を購入のことに規定しありしも支那の現状に於ては急速に国際無線電信事業を開設すヘき必要を認めさるのみならす財政の現状亦之を許ささるを以て仮契約の約半額を中央庚款董事会より導准委員会に割当てたる基金中より借入れ支弁し左記電話機を購入することに改む

(イ)無線電信電話両用の小型送信機   三組

(ロ)自動電信機            三組

(ハ)「ニ」号型受信機         六組

(ニ)無線電話連接機          四組

(ホ)「三」号型受信機         二組

(ヘ)真空管発動機其他合計英貨四万八千磅

   第五、廣東に対する米国の策動

一、要旨

上海事件以来米国は南京政府其他を通し長江沿岸方面に着々勢力扶植を企図しありしか他■南京政府の一敵国たる廣東に対しても第一集団軍総司令陳済棠の政治顧問及軍事顧問等を通して種々策動の歩を進め啻に陳済棠を援助して該軍軍備の充実を図るのみならす或は其抗日気運を利用して対日宣戦を煽動し或は其反蒋気分に乗し米国を背景とする西南独立政府の樹立運動に狂奔する等昨年末より本年初頭に亘る暗躍は真に目覚ましきものありたり然るに該運動蹉跌し情勢非を告ぐるや爾来彼等は努めて表面的策動を避け隠忍自重の態度を持ちつヽありと雖其廣東政権に対する内面的勢力依然■くヘからさるものあり従て好機一度到らんか復た往年の活動を再開するに至るヘく今後其厳に監視を加ふるの要あり

而して右廣東に於ける米国の活動情况に関しては既に支那時局報第四号及第十二号に依り詳述せりと雖差考の為左に其要旨を摘録せんとす

二、米国の陳済棠援助の一般状况

米国は其廣東に於ける勢力扶植の為廣東実力派の雄たる第一集団軍総司令陳海棠を籠絡しあり其陳済棠援助の一般状況左の如し

(1)政治顧問 廣東米国副領事之を兼務するの外別に専任顧問一名あり右二名は上海事変後米国々務省より極東視察員として来粤、米国領事の推薦に依り顧問に就任せる者にして国際関係時に対日問題の指導に当る

(2)軍事顧問 廣東碇泊米国軍艦々長之を兼務するの外専任顧問として「マリー」前艦長(現役の儘)等あり右は対日戦争を目的として全部的指導に当る

(イ)、空軍設計主任米人「マーリー」

廣東政府は茲両三年来外人は一切傭聘せさる主義なりしか昨春米人Mally(馬梨)(年三十九歳曾て比島空軍に五箇年奉職したることあり)を空軍司令部の設計主任として採用せんか昨年十二月六日付を以て「マーリー」の外「ケレー」「スース」「ハーテン」の三名を空軍本部高等顧問に任命せり

茲に特筆すヘきことは彼の「リツトン」報告に対する廣東政府の意見書作成に当りて米国政府と歩調を同しすヘく「マーリー」の建言を用ひんこと是なり

斯の如く彼「マーリー」か其職責の外に渉りて深く廣東政府当局に喰ひ入ることを得たるは予て陳済棠か武力抗日に名つ藉り自己勢力の拡張に腐心しあるに乗し巧に米国と提携援助を受くヘきを勧説して成功せしに因るものなり

(ロ)、廣東海軍学校及陸戦隊数官米人「ハンソン」大佐以下六名

彼等六名は昨年十一月八日秘密裡に香港に来り空軍司令部に宿泊し種々画策する所あり而して彼等六名は陳済棠に廣東第一集団軍(海空軍を含む)改革案を提出せりと伝ヘられ而も昨年末陳済棠私邸に於て彼等六人と参謀長以下高級将領を交へ最も親米派にして西南五省外交視察員たる朱毛華を通訳とし連日秘密会議を開催せり

(3)空軍要員は当時二十一名に達しありしか其所在秘匿の為米国軍艦、領事館、空軍本部、外人旅館に分宿しありき

(4)昨年末廣東の内乱或は日支武力抗争に際し陳済棠援助の目的を以て「マニラ」より派遣せる小艦艇四隻(何れも黒色に塗替ヘ煙突高く無緑電信を有し兵員約百塔乗)は情況に応し隨時支那国旗を掲揚し廣東に進入し得る如く香港々外の支那領海を游弋し一月中旬には大鵬湾に碇泊しありしか其燃料糧食の補給は第一集団軍総司令部担当し同軍海軍司令部は糧食費として毎週二千八百香港弗を発給しありき

(5)米国か陳済棠援助の為支出に決定せる総額は三千万金弗(一金弗の時価は廣東銀五元強)にして武力抗日軍事費及廣東全省建設資金に充当するを交換条件となしあり而れて右の中昨年七月十一日より十二月末日迄に飛行機高射砲初め各種新兵器の購入及顧問教官の人件費等に使用せし金額は七百三十一万八千余弗なり

三、陳済棠と米国との秘密借款の内容

米国か陳済棠援助の為昨年末支出に决定せし米金三千万弗秘密借款の内容として伝ヘらるるもの左の如し

(1)借款名目

 新建設文化借款

(2)借款額及利子

 三千万金弗、利子一分五厘

(3)担保

 廣東全省新建設事業及廣西全省の鉱山

(4)借款期限及償還方法

一九三二年七月より一九三五年五月迄無利子据置とし同年六月一日より五ヶ年間に償還す

(5)債権者名義

 米国銀行団

(6)債務者

 胡漢民陳済棠とし両南政務委員全員副署す

(7)紹介者

 米人顧問 マーリー

(8)仲介者

 廣東米銀事

(9)調印

 昨年十二月二十九日

四、廣東空軍拡張計画

廣東空軍拡張の為同軍設計主任「マーリー」主宰の下に昨昭和七年十一月廣東空軍設計立案せられ己に陳済棠の決裁を経着々進行中なり本設計書は其の内容に於て米国との関係をも記載せられある為絶対秘密に附せられあり

計画の大要左の如し

(イ)昭和十年迄に飛行六大隊(一大隊は三中隊編成にして中隊は各種飛行機の混合制を採り十二機より成る)……二一六機

  教導三大隊警備隊六団、高射砲六隊を完成する予定にして遅くも昭和八年六月迄に二大隊を完成し廣州及虎門に三中隊、中山(香山)汕頭海南島に各一中隊を配置の筈

(ロ)韶関及肇慶に大規模の飛行場を設置し対外作戦の場合は空軍主力を以て韶関に移駐し肇慶を以て前進根拠地となす

(ハ)昭和八年六月迄に韶関及廣州に発動機工廠を新設す

  之か為米当局より高級技師を派遣し指導に任せしむ

(ニ)空軍拡張に要する経費は国防航空公債及比島加奈陀及在米華僑の寄附金に依る外米政府当局との間に一千万金弗(廣東銀に換算して五千万元)の秘密借款を契約済

  右借款は実質的担保を要せす且昭和八年十二月迄に其半額を交付の筈

如上の計画は英米の支持する現政権の持続する限り実現可能にして現に米国よりは五月中旬以降既に「カアチス」戦闘機二十機の廣東到着を見たり而して之か実現の晩は米国系の杭州航空学校第十九路軍飛行隊及「フイリッピン」空軍と提携し浙江、福建、廣東に亘る南支一帯の沿岸は米国の指導する空軍に依りて制空せらるヘく我南方作戦及台湾防衛上多大の影響を及ほすものと観察せらる

五、米人顧問対日回線を煽動す

本年初頭山海関事件発生するや廣東方面に於ては日本軍の平津出動を官民一般に信したる如く二、三米人顧問等は陳済棠に対し日本軍若し北平侵入に至らは米国は断然武力を以て支那を援助すヘきに依り此際敢然日本に挑戦すへしと旺に煽動し其の指導に依り第一集団軍総司令部内は一月三日夜来対日作戦計画立案の為異常の緊張振を示したり

米人顧問等か対日宣戦煽動の為陳済棠に与ヘたる言実なりと云はるるもの左の如し

(1)対日宣戦の暁は全力を挙けて支援し軍事費三分の二を負担せん

(2)目下の廣東海軍は対日戦闘に堪ヘす速に英米と協同防敵の秘密交渉を進む可し其成立には最大の援助を惜ます

(3)一月中旬開催の全省軍事会議席上米国政府の名に於て西南各軍事長官を慰問し若し対日宣戦に決定せは米国は正義の為全部的援助を為すと共に米国も相当の態度を表明せん

右の如き米人顧問等の煽動に依り一月十四日対日宣戦軍事会議開催せられ陳済棠始め師長以上の各軍事長官及数名の米国人顧問列席せるか其席上総参謀長繆培南を始め各将領の反対に依り対日宣戦案は否決せらるるに至れり

六、米人顧問立案の対日作戦計画

米人顧問等は七月五日陳済棠に対日作戦計画を提出せるか之に依れは日本軍の珠江を遡航し廣州(廣東)に進入するものと判断し之を虎門以北の「デルタ」地帯に誘致抑留し空陸呼応して撃破すへく立案せられ作戦準備を向ふ三ヶ月間と■定しありき

七、陳済棠、決定せる要塞等の戦備計画

米人顧問の意見を容れ一月十三日陳済棠の決定せりと称せらるる要塞等の戦備計画の要点左の如し

(1)大鵬湾、及汕頭を軍港に設定す

(2)要塞の戦備は三月迄に完了す之か為「マニラ」より米人技師十八名を招聘する外要塞火砲を購入す

六吋砲    一〇

八吋砲    一六

十二吋砲   一〇

高射砲    一八

  其費用二百二十三万六千八百金弗は廣州市郊外西村「せメント」工場を担保とし秘密借飲三千萬金弗の中より支出す

(3)廣州市防空の為高射砲(射程一万米)十六門を購入す之か費用百万弗は廣州市防空協会(民間団体)に負担せしむ別に市民の醵金を得て戦闘機三十機を購入す

註、防空協会は救国会、学生連合会、商会、茶店、公会、女于連合会、銀号公会、機器公会、民衆大学生会、海外同志会、律師公会(弁護士)市党部の十一団体より成り政府より月額一千元を補助を受け其本来の業務の外政府竝米国側の宣伝に従事す

(4)叙上の諸兵器は目下「マニラ」備附のものを転用し「マニラ」には別に米国より新式のものを備附たる計画なり(米国人顧問に洩せし所)

(図省略)

八、最近兵器輸入の状况

(1)一月十一日英国商店商洋行の手に依り一九三一年型「モス」式偵察機(軽機を整備す)十三機到着せり

  価格廣東渡英貨二千七百磅右は最初米国より購入の計画なりしものにして特に英国より購入せるは当時或程度迄英米一致して陳済棠を援助しありし事を証するものなり

(2)一月十六日「マニラ」より古品の山砲八、迫擊砲二十二到着

(3)虎門及汕頭要塞に敷設すヘき海底水雷(五百封度、一千封度、一千五百封度のもの合計五百個)の一部は既に一月十六日「マニラ」発送二十二日香港港外到着、当時工兵及水兵各五十名は米人に依て敷設法の教育を受けたり

  右は当初独逸より購入の筈なりしも山海関事件に刺戟せられ予定を変更せるものなり

(4)教導師に特設すヘき高射砲一台は米国より兵器弾薬の供給を得て一月末迄に完成、教官は米人とす

(5)五月中旬米国より「カアチス」戦闘機十四機七月下旬六機の廣末到着あり

九、西南独立策動

米国は既述新建設文化借款(秘密借款)の成立に依り廣東廣西両省の軍事経済上の実権を掌握せんとするに至れるか更に西南七省独立政府の樹立を策し英国は勿論孫科、李済琛、徐景唐、胡漢民、陳済棠に対する反対分子をも糾合のすへく頻りに暗中飛躍を続けありき新政府の内容に関し知り得たる処左の如し

(イ)廣東、廣西、福建、湖南、貴州、雲南、四川の七省連盟を組織し中央政府より離脱し西南政府を樹立す

(ロ)新政府は長期抗日を標榜すると共に今後数年間に亘り「モンロー」主義を執り軍事、政治刷新の上全支の統一を図る

(ハ)新政府の組織は英米の制度を斟酌して決定すヘく政府主席には胡漢民を、政府委員には各省軍事政治長官三乃至五名を推挙す

(ニ)従来の国防軍事政務の各委員会は之を拡大存続す別に武力抗日機関として参謀団を組織し米英の軍事顧問を招聘するの外尚有能の人材を網羅す

(ホ)新政府成立せは直に列国に対し承認を求む因に米国は之を承認すると共に一切の援助を与ふヘく期待せられたりあり

本案は四圍の状勢上満州国の承認己むなきに至りし場合米国も亦「フイリッピン」の延長として尚支に確たる立脚点を求めんとする魂胆に出てたるものの如く之か実現の為には西南七省独立宣言の口実を得ることを先決の条件とす之か為米国人顧問等は対日宣戦を煽動するの反面に於て中央蒋介石の対日態度曖昧を難詰しつヽある西南当局の反蒋熱を煽り西南各省派を団結せしめて将に挙兵の実現を見んとするに至れり然るに軍費調達の不如意の為宜しく其発動を遷延しつヽある裡適し山海関事件の勃発竝拡大を見るに及ひ挙国抗日の空気は澎湃として全支に漲り為に内争の形式を以て事を挙くること能はさるに至り遂に本運動は一頓挫を来せりと雖彼等米人顧問の内面的勢力は依然■■として抜き難きものあり従て爾来努めて表面的策動を抑制しありと雖好機の乗すヘきあらんか再ひ前回の如き活躍を見ることなしとせさるなり

   第六、米国の福建に於ける策動(主として軍令部報に拠る)

一、要旨

屡報の如く米国の対支進出は航空方面に於て著しきものあり殊に廣東方面に於ては唐紹儀と前大統領「フーバー」との私的友好関係もありしか如く顕著なる進出振りを示しつヽありしか最近我か台湾と一葦帯水の地たり且又明治三十一年支那をして我に不割譲を約せしめたる縁故深き福建省に於て米国は利権獲得、軍需品売込、軍事的根拠地の占有等に奔走中なりとの報伝ヘられ中国航空公司■粤線の開航と共に軍事的に軽視し難き問題となれり

左記は福州総領事報に基き米国の福建進出の状況を略述せるものにして今後の推移には深甚の注意を要するものあり

二、十九路軍―華僑―米国の関係

上海事変当時華僑は十九路軍に対し多額の献金をなし上海に国華銀行を設立して同軍の金融機関となし事変後華僑の希望に従ひ十九路軍は福建に移駐し来り客年末同軍の旅長として上海呉淞に勇名を轟かせたる翁照垣(目下旧東北軍王以哲の後を襲せし軍長たり)か比島に答礼使として派遣せられ右献金募集に功績ありし李清泉を福建省政府委員に擬するに及ひ福建の十九路軍と華僑との関係は益々密接の度を加ヘたり而して華僑は翁照垣の所説たる航空救国に賛意を表し中国航空建設協会を設立して十九路軍に対し航空方面の援助を惜ます左の如く相次て献金又は航空機献納をなせり

三、〇〇〇「ペソ」を福建防空費として送る

五〇、〇〇〇「ペソ」黄奕住(蘭領華僑)個人にて蔡廷楷へ

戦闘機一基(二五、〇〇〇米弗)「ゼブ」の華僑より

偵察機一基(二〇、〇〇〇米弗)「ゼブ」の華僑より

爆撃機一基         某華僑団体より

右航空機は尽く米国より購入せる関係上米国は茲に接触し之を通して十九路軍と密接なる関係を保つに至れり

一方十九路軍は曩に上海事件に依る破損兵器を米国製新兵器に依り更新したるか爾来米国の援助に依り更に一個師の増設竝空軍拡張の計画を有するに至り(十九路軍航空練習所には目下米人顧問教官四名ありて教育に任しつヽあり)之か援助の代価として米国に対し福建に海軍及空軍根拠地を提供するの態度を示し来り米国は当初の航空機売込の目的より更に進んて海空軍の根拠地獲得と軍需品売込の商談とに対し野心を抱くに至れるものと観察せらる

三、米国の福建省着目の事実

斯くして米国の福建進出は漸次具体化し来れるものの如く本年四月頃より或は米支官憲の交驩に或は軍需品の陸揚に於て其片鱗を見るに至れり其状況凡そ左の如し

(1)厦門米国領事の十九路軍総指揮部訪問

  四月二十八日米国領事は我天長節祝賀を缺禮して突如米人宣教師(大部分退役軍人にして間謀の任務を有す)と共に漳州に赴き十九路軍参謀長黄强を訪問交驩をなせるか右は米国政府又は米国出先海軍の指示し依りしものの如し

(2)在「マニラ」支那総領事光林招待晩餐会の米支交驩

  五月九日夜厦門米国領事は南京政府の招電に依り帰国の途上八日厦門に立寄れる鄺総領事を主賓として晩餐会を催し当時入港中の米砲艦Isabelに在る南支警備司令C.W.Easly大佐及十九路軍参謀長黄强其他米支人と英仏領事(我領事を含ます)を招待し且同夜黄强を米海軍司令及艦長と共に領事館邸に宿泊せしめ何等かの密談ありしものと察せらる

(3)陳銘枢及蔡廷楷と米国領事の同船商厦

  五月十二日米国領事は米艦「イザベラ」にて福州に更に転して香港に到り陳蔡と会見の上相携ヘて和蘭船にて十八日厦門に帰来せり

(4)米国駆逐隊の厦門に於ける行動

  五月十八日米国第五駆逐隊十三隻及砲艦「フルトン」厦門入港同二十八日出港北上したるか其間「フルトン」は鼓浪嶼裏に碇泊して動かさりしも駆逐線は何れも梧嶼燈台附近に碇泊し毎日移動し乗組員の上陸をなささりしは十九路軍に対する武器の陸揚をなせるに非すやと疑はる

(5)米支官憲の漳龍自動車路視察

  五月二十七日漳龍自動車路完成を機とし漳州十九路軍総指揮部は参謀長黄强斡旋の下に厦門米仏両国領事(日本領事は案内を受けす)在台北米国領事救世医院米国人其他支那側官民有力者数十名を招待し之か視察旅行を行ひたり

(6)十九路軍対米武器売買契約の成立

  六月六日首題七五万元(内五〇万元支払済)契約成立し米砲艦「フルトン」は安海(厦門東北方海岸)に於て機関銃航空機附属品等多数兵器を陸揚せる外同八日には英商船海澄号に搭載の米国製軽機銃百余挺及同弾薬厦門に於て陸揚せられたりとの報あり

四、漳龍鉄路建設計画

本計画は十九路軍入聞以来軍事上の見地より実施を希望し居たるものなるか唯一の出資者たるヘき華僑は時局不安定なると十九路軍側よりの権利侵害等を杞憂し不況を口実に投資を差控ヘ来れる処本年三、四月頃比島華僑にして比島に国籍を有する林平祥及林石國両名帰国し十九路軍側の慫慂もあり外国資本の介在に依り軍側の横暴を避くるを得策なりとし米国領事に対し援助方申入れ茲に米国の暗躍を促し在漳州米国政師安禮遜の実地踏査、領事視察、前記自動車路視察旅行となりしものの如し

而して省政府より米国側に投資を求めたる処米国側にては先つ中国会社を作り相当の資金を集めさるに於ては之に応し難んとの意向を示したる由にて去る六月十七日頂門に於て鉄道会社設立総会開かれ同二十八日漳龍鉄路籌備委員会の成立を見漸く具体的進捗に入り米国側とも相当の了解に達しあるものの如し則ち米国材料の購入、米人技師の傭聘竝龍岩鉱山利権(後記)の附与を条件とせるものなりと伝ヘらる

本鉄路建設計画の大要竝に関係華僑左の如し

漳州―龍岩    一二〇粁(自動車路に併設)

軌道距離       四米八五

工費      一、六〇〇万元

建設会社資本  二、〇〇〇万元

右出資計画、国民政府中英庚欽より   五〇〇万元

(英国は器材売込を条件とすと云う)

華僑より           五〇〇万元

一般社債募集(主として米国投資とならん)

                   一、〇〇〇万元

関係華僑

一、黄奕住、蘭領華僑在厦門大富豪にして三男は十九路軍顧問なり本鉄道建設の為三〇〇万元を出資すヘんと云ふ

二、李清泉、比島華僑、現任福建省政府委員、漳龍鉄路建設委員会常務委員として龍岩に在りて研究中自ら一五〇万元出資すヘしと

三、林平祥、比島華僑にして比島国籍を有す石媽(厦門漳州間)出身資産三、四万元、南洋に鉄山、材木を有し之を材料に使用せんとの希望あり

四、林石國、比島華僑にして比島国籍を有す漳浦(漳州の南方)出身、資産二、三百万元

五、李双輝、李清泉の親戚蘭領華僑の成功者にして本鉄路建設委員として二〇〇万元を出資すと云ふ

六、李双飛、瓜哇華僑、現在福建省政府委員、一五〇万元を出資すヘしと云ふ

右の外瓜哇華僑黄仲訓、陳嘉庚、新嘉坡華僑胡文虎、林文慶等も本鉄路建設に努力中にして現厘門市長たる許友超は比島華僑にして十九路軍に迎へられたるものなり

茲に注目すへきは福州台湾公会長林熊祥か李清泉より台湾枝師傭聘台湾材料使用を条件として二、三百万元の投資又は借款を懇請し来れるに対し借款整理の見極めあらは投資するも可なりとの意向を示したることにして其投資は我国を背景とすることとなるヘし

五、福建防空計画

十九兵軍は米国機購入に依り空軍を整備すると共に福州、厦門、泉州、永春及三都の五ヶ所に航空施設を行ふ計画をなせるも経費最少六、〇〇〇万元を米国側の援助に待たんとするものの如く之れか交換条件として米国に海軍根拠地(第六項参照)を提供するに決定せる旨伝ヘらる

六、龍岩採鉱権問題其他

漳龍鉄路に対する米国の投資説に関連し同鉄路の終点たる龍岩地方の鉱山(主として石炭なるも鉄鉱も少からすと云ふ)開発費八〇〇万元に対する米国の投資説ありて之か条件として漳龍鉄路建設材料及軍需品の安価供給と潜水艦十隻の無償貸付若は譲渡(海軍制限に関する華府条約第十五、十六及十八条等の関係上遂に信し難き件なるも)を以て米国に龍岩地方採鉱権及鉄路権を与ふるものなりと伝ヘらる更に米国は漳龍間及福州泉州間の定期自動車交通に対し軍事的策動の副産物とも見るヘき自動車の売込を策しつヽありと云ふ

一方仏国領事も在漳州仏人宣教師をして十九路軍に砲台用重砲及飛行機売込に奔走せしめ且龍岩採鉱権獲得にも割込運動中なりと伝ヘらる尚最近福州総領事報に依れは米国海軍は福建海軍に対し本年中に潜水艦二隻飛行機六台(内二台は爆撃機)高射砲十五門同弾薬五千発を送りその条件として東山湾(厦門南方)を米国海軍根拠地又は貯炭所として提供せしむることなり居る趣を謀知せりとのことなり

七、福建省と我国との関係

左記は福建省と我国との関係を明にせる所謂日支交換公文其他の要旨なり

(第一)福建不割譲に関する交換公文(明治三十一年四月二十二日)我方よりの「清国政府に於て福建省内の各地を他国に譲与若くは貸与せさるヘきことを声明せられんことを申入れ」に対し清国政府は「按するに福建省内及沿海一帯は均しく中国の要地に属するを以て何れの国たるを論せす中国は断して之を譲与又は貸与せさるヘし」と回答す

(第二)港湾島嶼不割譲に関する大総統申令(大正四年五月十三日)

  「嗣後中国の凡ゆる沿海港口湾岸島嶼は何国たるに論なく概して租借或は譲与を許さす陸軍海軍両部及海疆官吏は力めて責任を以て籌防に当り以て国権を鞏固ならしむヘし」

(第三)福建省に関する交換公文(大正四年五月二十五日)

  我方よりの「支那国政府は福建省沿岸地方に於て外国に造船所軍用貯炭所海軍根拠地其他一切の軍事上の施設を為すことを許し又支那自ら外資を借入し前記各施設を行はんとするか如き意思を有せらるるや否や」の照会に対し「斯る意思なきことを声明す」る旨回答す

八、海軍制限に関す華府条約一部抜萃

第十五条 何れの締約国の法域内に於て非締約国の為に建造する軍艦も締約国の建造し又は建造せしむる同型の軍艦に付本条約に規定する排水量及武装に関する制限を超ゆることを得す

 但し非締約国の為に建造する航空母艦の排水量は如何なる場合に於ても基準排水量二万七千噸を超ゆることを得す

第十六条 締約国の法域内に於て非締約国の為に軍艦を建造するときは該締約国は他の締約国に対し契約締結の日及軍艦の龍骨据付の日を速に通報し且第二章第三節第一款(ロ)の四及(五)に規定する軍艦に関する細目を通報すヘし

第十八条 各締約国は贈与、売却又は如何なる譲渡の形式に依るを問はす外国海軍に於て軍艦と為すを得るか如き方法に依り其軍艦を処分せさるへきことを約す

   第七、結言

以上の諸情報を総合するに米国は満洲事変発生以来日支関係の悪化竝我か帝国の関心か主として満蒙乃至北支方面に集中せられあるに乗し速に南支方面に確乎たる立脚点を穫得せんことに焦慮し特に一九三六年に予想せらるる極東の危機を目標として該方面に其軍事的勢力の扶植確立を企図しあるヘきは蓋し想察するに難からす

而して昨年末期より本年初頭に亘り先つ其重点を廣東に指向し茲に米国勢力を背景とする独立政権を樹立すヘく策動是し努めたるも不幸一頓挫を来せしのみならす却て一般の注目を惹き特に我か帝国の着目する所となるや爾来該方面に於て暫く隠忍の態度に出つると共に更に鋒を転して福建方面に其魔手を伸さんとしつヽあるものの如し

然るに福建は前記の如く地理的に将た条約上に我か国と特に密接不離の関係に在るのみならす如上米国の策動は由来以夷制夷策を伝統とする支那側の心理に直に反映し彼をして益〻抗日反満の決意を強化助長せしむるの結果を招来すヘきや敢て論を俟たす

現に最近某北支親日巨頭と蒋介石との密議せし最高政策に関し入手し得たる確実なる情報に依れは支那は向後三年間は表面勉めて対日緩和の方針を取り此間国内の整理及対日戦備の充実を図りたる後一九三六年を候て対日急進政策に転換すヘしと謂ふに在り之を最近現実の情勢に照し考察せは最も良く彼等の真意を表現せるものとして首肯し得ヘく吾人の特に戒心を要する所なり

之を要するに米国其他列国の対支援助策動は延て極東否全世界の禍乱を誘発するの危険尠からさるに鑑み其動向に関しては今後深甚の注意を要すると共に之を防遏の為機宜の処置を誤らさるの着意特に肝要なるヘし


附図  南支方面米国勢力侵入状況要図

(省略)

(Source:国立公文書館 A03032001600 P68~P97)

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