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占領地軍政実施に関する陸海軍中央協定 1941年11月26日

 占領地軍政実施に関する陸海軍中央協定(一部ひらがな化)


占領地軍政実施ニ関スル陸海軍中央協定

(大陸指第九九三号別冊第二)

昭和十六年十一月二十六日決定

(大陸指綴巻九、大東亜戦争 占領地軍政関係綴(海軍))

 第一 方針

占領地ニ於ケル軍政ハ昭和十六年十一月二十日大本営政府連絡会議決定「南方占領地行政実施要領」ニ基キ陸海軍協力シテ之ヲ行ヒ戦争目的ノ達成ニ資スルモノトス

 第二 要領

一 中央ハ軍政実施ニ関シ現地ニ指示スル場合並ニ現地ヨリ報告ヲ受ケタル場合ハ密ニ協議連絡スルモノトス

二 軍政ニ関スル現地陸海軍ノ協力ハ各方面毎ニ主担任、副担任ヲ定メ主担任軍ニ於テ軍政ノ実施ニ当ルモノトス

 前項具現ノ為現地陸海軍指揮官ハ協議ノ上要スレハ所要ノ連絡機関ヲ設ク

三 各方面毎主担任軍最高指揮官ハ副担任軍最高指揮官ニ対シ左記ノ基本的事項ニ関シ密ニ連絡スルモノトス

(一) 占領地ニ対スル一般行政ニ関スル事項

(二) 治安維持ニ関スル事項

(三) 資源ノ取得並ニ開発ニ関スル事項

(四) 財政、金融並ニ経済ニ関スル事項

(五) 鉄道、港湾、船舶、航空、通信及郵政ニ関スル事項

(六) 情報宣伝ニ関スル件

(七) 敵産及諸施設並其ノ他ノ管理運営ニ関スル事項

四 軍政実施ノ担任区分を概ネ左ノ通リ定ム

情況ニ依リ各方面陸海軍最高指揮官協議ノ上変更スルコトヲ得

(一) 陸軍ノ主担任区域(海軍ハ副担任トス)

香港

比島

英領馬来

ヂャワ

英領ボルネオ

ビルマ

(二) 海軍ノ主担任区域(陸軍ハ副担任トス)

蘭領ボルネオ

セレベス

モルッカ群島

小スンダ列島

ニューギニヤ

ビスマルク諸島

ガム島

(三) 陸軍主担任区域中ノ左ノ諸地域ニハ海軍ニ於テ根拠地ヲ設定ス

■■右根拠地関係諸施設ノ建設運営及居住給与等ニ関係アル軍政ニ関スル海軍ノ要望ハ当該地陸軍指揮官ニ於テ極力之カ充足実現ニ努ムルモノトス

港務ノ実施区分及海軍根拠地設定ノ為必要ナル諸施設設置地域ノ劃定ニ関シテハ別ニ中央及現地ニ於テ協定ス

香港

マニラ

新嘉坡

ペナン

スラバヤ

ダバオ

右諸地域及「バタビヤ」、「ラングーン」ニ於ケル造船(小型ヲ除ク)ニ関スル施設ノ管理及運営ハ主トシテ海軍之ヲ担任ス

陸軍所属船舶ノ修理ニ関スル要望ハ海軍ニ於テ極力之カ充足実現ニ努ムルモノトス

(四) 前項ノ外現地陸海軍ニ於テ協議ノ上夫々他ノ担任区域内ニ軍事施設ヲ設ケタル場合ニ於ケル取扱ハ前項ニ準す

(五) 其ノ他

(イ) 船舶運航ニ関スル事項

船舶護衛ヲ要スル海域ニ於ケル運航統制ハ海軍ノ担任トス

陸軍所属船舶ノ運航ニ関シテハ現地陸海軍指揮官協定ス

(ロ) 敵産及諸施設並其ノ他ノ管理運営ニ関スル事項

(1) 敵国陸海軍ノ固有施設ハ夫々所在陸海軍ニ於テ管理スルヲ本則トシ敵国航空関係施設ニ関シテハ別ニ中央及現地ニ於テ協定ス

(2) 其ノ他ニ関シテハ(一)(二)(三)ノ分担区分ニ準シ現地陸海軍ニ於テ協定スルモノトシ軍用ニ必要ナル工場施設、居住施設、倉庫、船渠、桟橋、病院、衛生施設及現地ニ於テ使用スヘキ船舟等ニ関シテハ相互ニ援助若クハ融通スルモノトス

(ハ) 航空及通信ニ関スル事項

各占領地ト本邦間及占領地相互間ノ航空及通信ニ関シテハ別ニ中央及現地ニ於テ協定ス

備考

一 作戦協定ニ依リ定メラルル事項ハ本協定ニ依リ拘束セラれさルモノトス

二 押収拿捕船舶(概ネ五〇〇屯以上ヲ標準トス)ハ之ヲ中央ノ処理ニ移スモノトス

三 本協定ハ作戦ノ推移ニ依リ之ヲ変更若クハ調整スルコトアルモノトス

(Source:南方の軍政:防衛庁防衛研究所戦史部 朝雲新聞社P96)

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