スキップしてメイン コンテンツに移動

戸籍法 1871年05月23日

 戸籍法(ひらがな化、一部新字体化、不明文字あり、一部省略、表省略)


四年四月五日

戶籍法ヲ制定ス

今般府藩縣一般戸籍の法別紙之通改正被 仰出候條管内普く布告致し可申事

戸籍検査綱製は来申年二月一日より以後の事に候へも右に関係する諸般の事は今より処置致す可く尤三都府及各開港場は人民輻湊の地にて取締向速に不相立候ては難相成に付送籍入籍并旅行寄留の者へ鑑札渡方寄留表取調方等当当六月二十九日より後るべからさる事

 伹不審の廉は氏部省へ可承合事

右之通被 仰出候事

人生始終を詳にするは切要の事務に候故に自今民天然を以て終り候者又は非命に死し候者等埋葬の処に於て其時々其由は記録し名前書員数とも■歳十一月中其管轄庁又は支配所へ差出させ十二月中弁官へ可差出候事

右之通管内社寺へ可触達候事

 別紙

戸数人員を詳くにして猥りならざらしむるは政務の最も先し重する所なり夫れ全国人民の保護は大政の本務なること素よりいふを待たす然るに其保護すべき人民を詳にせす何を以て其保護すべきことを施すを得んやこれ政府戸籍を詳にせざるへからさる儀なり又人民の各安康を得て其生を遂る所以のものは政府保護の庇陰によらさるはとしされは其籍に逃れ其数に漏るヽものは其保護を受けさる理にて自ら国民の外たるに近し此れ人民戸籍を納めさるを得さるの儀なり中古以来各方民治趣を異にせしより僅に東西を隔つれは忽ち情態を殊にし聊か遠近あれは即ち志行を同うせす隨て戸籍の法も終に錯雑の弊を免れす或は此籍を逃れ或は彼籍を欺き去就心に任せ往来現によらす沿襲の習人々自ら度外に附するに至る故に今般全国総体の戸籍法を定めらるヽを以て普く上下の通義に弁へ宜く粗略のことなかるべし

 第一則

戸籍旧習の錯雑ある所以は族属を分つて之を編製し地に就て之を収めさるを以て遺漏の事ありといへも之を検査するの便を得さるによれり故に此度編製の法臣民一般華族上族卒司官僧侶平民迄を云以下唯之其住居の地に就て之を収め専ら遣すなきを旨とす故に各地方土地の便宜に随ひ予し区画にさため毎区戸長并に副を置き長并副をして其区内の戸数人員生死出入等を詳にする事を掌らしむへし

 第二則

戸長は必す長と副とに限るへからす時宜により長副数名あるも妨けなしとす

但戸長の務は是迄各処に於て荘屋名主年寄触頭と唱えもの等に掌らしむるも又は別人を用ゆるも妨けなし

 第三則

凡そ区画を定むる譬は一府一郡を分て何区或は何十区とし其一区を定むるは四五丁もしくは七八村を組合すへし然れも其小なるものは数十に及ひ大なるものは一二に止るも都て其時宜と便利とにまかせ妨けなし華族士族住居の地従前武家地屋敷地と唱る類も同様たる素よりいふし待す

但急に区画を定め難き所は仮に便宜に従ひ一村一町にて検査せしむるも妨けなし官の學校兵隊屯所等又は大社大寺の別に区域をなせしは其官司の吏員其社寺の執事等にて戸長の事を扱はしむるも妨けなし

 第四則

戸長其区内の戸籍を式のことく之を集め二通を清書し更に第一号と第二号の式の如く其区内総計の戸籍表と職分表とを作り其集る所の籍は戸長に備へ置清書二通と共に其支配所に差出すへし支配所之を其庁に差出し其庁之を第五号第六号の式の如く其管内総計の戸籍表と職分表とを作り戸籍一通は其庁に備へ置き一通に庁印を押し表と共に六ヶ年目に改め太政官へ差出すへし支配所とは管轄内■■の所別に一一小部を置き支配せしむる所を云部て出張所と云の類なり

伹支配所なき所は直に其庁に出すへし以下准之

 第五則

編製は爾後六ヶ年目を以て改むへしと雖も其間の出生死去出入等は必す其時々戸長に届け戸長之を其庁に届け出て支配所あるものは支配所に届け支配所より其庁に届く其庁之を受け人員の増減等本書へ加除し毎年十一月中戸籍表を改め十二月中太政官へ差出すへし加除は生るヽものと入るものを加へ死者と出るものを除く数を云ふ

 第六則

管轄庁に於て戸籍専任の吏員を置き其事に担当せしむへし若遺漏疎略の事あるに於ては其吏員并戸長戸長なき大社大寺は執事の責たるへし

 第七則

区内の順序を明にするは番号を用ゆへし故に毎区に官私の差別なく臣民一般番号を定め其住所を記すに都て何番屋敷と記し編製の順序も其号数を以て定むるを要す

但区内の屋敷込所となり又は一戸を割て二戸とし二戸を合せて一戸となすことあるとも其由を戸籍に記し番号は其儘据置き六分年目に至り改むへし

 第八則

各地方貫属或は平民等事務ありて全戸他の管轄所に引移るものは其由を本貫管轄庁へ願出其庁よりの送りを取り在留地を庁に届け出其所の籍に編入すへし又故ありて元の管轄所へ引移る時は之を戻すこと其はしめ出る時の如くし其所の籍に編入すへし

伹当時全戸既に引移りし官員の如きは其官省より名前書を在留地の庁に達し夫を証とし其住居の地区にて其籍を収むへし又本貫管轄庁には其由を其官省より達し其庁之を聴き其所の籍を除くへし尤此より後引移るものは此限にあらす送籍すること本條の如くすへし第八則を云若全戸引移るといへとも情故ありて本貫管轄庁の籍にあるを願ふものは其地寄留の部に入れ情願に任するも妨けなし

 第九則

他の管轄地に引移る時元の庁より送籍するには其当人より元住所の組合并戸長に其由を届け長副連印し其庁に届け其庁之を受け其庁聴き知るの証を押し当人に渡すへし

但管轄内広遠の場所別に支配所あらは其支配所にて之を達せしめ往来困却の弊なからしむるを要す

 第十則

他の管轄所より此管轄所に入籍する時は元の管轄の証を持参し其入る所の戸長に其由を通し戸長其相違なきを糾し其所の籍に入るへし而して戸長其元庁の証と其入籍せし事のよしを時々其庁に届くへし

 第十一則

管轄内甲の区より乙の区に移るか如きも第八則より第十則迄の例に見合すへし但管轄内なるを以て送籍は戸長より之を致し入籍の上其入る所の戸長より其庁に届け其庁之を聴き即ち本等に加除すへし加除は甲の籍を除き乙の籍に入るの■■■

伹其区に於て時々加除するは亡論なるへし

 第十二則

全戸引移らす又は一時公私の用にて寄留するものは其本貫管轄庁の鑑札を持参し寄留地戸長に通し其寄留する所の庁に名前書を添へ鑑札を差出し其庁之を受け即ち其庁の鑑札と引替遣すへし鑑札には当人名住所職分を記へし名住所職分を変する時は引替へし而して其もの帰国する節は同様の例を以て元の鑑札と引替帰国すへし

但管轄内広遠の場所別に支配所あらは其支配所にて引替しむへし故に鑑札は豫しめ支配所へも備へ置くを要す

鑑札引替の節其戸長官の学校兵隊屯所の如きは其役場大社大寺は執事に差出す名前書には官員は当人兵隊は隊長証印し余は戸主傭主請人等証印するを要す名前届書式は第三号見合すへし

 第十三則

修行又は奉公の為め他国に寄留するものも第十二則の例たるへし

全戸引移りし官員等の内寄留情願のものも第十二則の例たるへし第八則但書と見合すへし

但是迄修行又は奉公いたし寄留するもの及ひ事務あつて寄留するもの其本貫の庁に届け鑑札請取第十二則の例を以て引替へし若し道路懸隔り当人より本貫の庁に角け難き事故あるものは其寄留地の庁に於て戸主傭主請人等の証書を出さしめ其庁より直に其本貫の庁に掛合鑑札受取へし但自今以後は此例にあらす

 第十四則

凡そ旅行するもの官員は其官省等の鑑札を所持し自余は臣民一般其管轄庁の鑑札を所持すへし寄留のものは其所持する鑑札を用ゆへし故に旅行を以て渡世とするものヽ如きは急速の便を得る為め豫しめ其鑑札を中受置も妨けなしとす第十二則但書の通所■し急速の便を得せしむへし

但其管轄庁の鑑札には当人名住所と職分を記すへし名住所及ひ職分を変せし時は右鑑札を引替へし

 第十五則

駅逓旅宿に於ては其鑑札を認め之を宿帳に記し止宿せしむへし此証拠なきものは止宿せしむへからす

 第十六則

宿帳は七日目毎に駅逓は其駅出張駅逓掛の改を受け自余は其戸長へ出し改を受くへし旅篭屋に限らす都て逗留三日以上は其戸長に届け人民輻輳する二部府の如きは其時せし■■其庁に届くへし九十日以上は寄留とし第十二則の手続をなすへし旅人病気又は異変の節速に届出るは勿論なり

但戸籍改の節滞留するものは其所時の鑑札に突合せ検査すへし

 第十七則

各地に出張する官員出入とも其管轄庁へ届け其出張先の地方庁へも届くへし

但地方の庁懸隔りし場所一時出張し或は急遽の事務等あるは其手続なきことあるへし

 第十八則

僧侶は其得度地を以て本貫とし他寺に転任する時は送籍し行脚遍参するもの寄留地に於て鑑札引留る事第十二則の例たるへし

 第十九則

鑑礼を所持して出奔死亡し或は刑に処せられ帰国せさるものは其所の官司より其由を本貫の庁に達し鑑札に送り還すへし

 第二十則

六ヶ年目毎に戸籍をあらたむるに当りて其戸籍取集し上は日限を定め其区々に於て長并副区内一戸毎に其差出す所の戸籍と現在の人員に突合せ相違なきを点検するを以て法とすへし

寄留のものは曽て届け出し名前書を以て人員及所持の鑑札に突合せ相違なきを証するを以て法とすへし■て寄留のものは戸籍改の前第十二則第十三則の例に従ひ鑑札を受け名前書を差出置へし氏神の寄札も其時預置すへし

但其土地のものにて其土地に修行又は奉公して他家にあれものは■籍改の日限には帰宅して改を受くへしもみ■なる証拠ありて其日限に帰宅しかたきものは其証拠を以て証とするも不得已へし

 第二十一則

凡戸籍を検査するは遺漏あるへからす又重複すへからす二つの者の弊あれは検査の要を失ふ■甚しかるへし故に戸長を設け地に就て戸籍を収むるは遺漏の弊を防く所と雖も其戸籍を出入するに当りて出入は他の管轄内を出■管轄内に■■■区を出乙の区に入る類を言ふ深く注意せされは又重複の弊を免る能はす故に六ヶ年目毎に戸籍を改正するに当り其戸籍を検査するの日は天下府藩県一般二月一日より五月十五日を以て終るを法とすへし此間■百日

 第二十二則

六ヶ年目毎に二月一日より五月十五日まて凡百日の間は戸籍の出入を止むへし但不得止事故あるに由り其人は移転せしめ他の所に行しむと雖も戸籍の調は其本住所の庁にて之を取集むへし此百日の間に一般の戸籍調終るを待て五月十六日より送籍入籍の事を処置すへし

但戸籍検査の日に当りて二月一日より五月十五日まて凡百日の間は必す其由と其月日とを本書に書き顕すへし

 第二十三則

六ヶ年日毎に五月十六日迄に戸籍検査既に終り其庁に於て六月中第四則の例の如く其管轄内総計の戸籍表を作り第五号式の如く本書共に七月中太政官へ差出すへし第四則と見合すへし

但一紙は其庁に留置毎年出す所の表の基とすへし

 第二十四則

寄留者の届書は其寄留する支配所にて支配所なきものは其庁其時々之を記録し寄留表は第七号式の如く製し出入人員増減を隔月検査して其庁に出し其庁之を受け毎年十二月太政官へ差出すへし

但支配所あるは某支配所と表の左傍に記すへし

 第二十五則

三部府は人民輻輳の地なるを以て寄留表は他の藩県に拘らす隔月検査の時々即ち太政官へ差出すへし

 第二十六則

民産調の如きは一般の御布告あるへしと雖も此迄地方官にて戸籍中家産等書載せさせ来りしは其儘出すへし

 第二十七則

戸籍表の用紙は厚紙を用ひ戸籍の用紙は美濃紙の寸法を准とし公用の罫紙を用ゆへし戸長と其庁へ収むる分は其土地求め易き適宜の品を用ゆへし故に毎区戸長へ本書分の公用罫紙を其庁より下け渡すへし

 第二十八則

各地の戸籍一列なるを要すれは字の細大行の高低は其記事を標別する為なるを以て能々注意し成丈け細字に記すを要す

 第二十九則

此迄厄介と号せしもの或は縁故ありて養育するもの等は其族属と続柄を肩書にし其事由を其名前の上に記すこと式の如くすへし

 第三十則

華族等の従僕其邸内に住居して一■をなせるものは式の如く其主人の次に記し社中寺内にあるもの此例に准すへし

 第三十一則

■僧尼はみな式に依て其本貫得度の年月及ひ其所を記し院内受職の外は皆弟子を以て記すへし

 第三十二則

穢多非人等平民と戸籍を同ふせさるものヽ如きは其最寄の区にて其戸長へ名前書を出さひ年齢■■等をも認へし其人員習女を分ち戸籍表へ書入れ差出庁にても戸籍表に入るること式の如くすへし

但生死出入其最寄戸長にて取扱寄留旅行の規則等平民同様の例に従ひ名前書を六分年目に出さしむること戸籍の如くすへし

 第三十三則

都て書式は臣民とも体裁一なれは彼此相通し参用して妨けなし

(第一号区内戸籍表式 以下省略)

(Source:国立公文書館 戸籍法制定 A15070649000)

コメント

このブログの人気の投稿

徴兵の詔(徴兵令詔書及ヒ徴兵告諭) 1872年12月28日

徴兵令詔書及び徴兵告諭(口語訳)  今回、全国募兵の件に付き、別紙の詔書の通り徴兵令が仰せ出され、その定めるところの条々、各々天皇の趣意を戴き、下々の者に至るまで遺漏なきように公布しなさい。全体として詳細は陸軍・海軍両省と打ち合わせをしなさい。この趣旨を通達する。  ただし、徴兵令および徴募期限については追って通達するべきものとする。 (別紙) 詔書の写し   私(明治天皇)が考えるに、往昔は郡県の制度により、全国の壮年の男子を募って、軍団を設置し、それによって国家を守ることは、もとより武士・農民の区別がなかった。中世以降、兵は武士に限られるようになり、兵農分離が始まって、ついに封建制度を形成するようになる。明治維新は、実に2千有余年来の一大変革であった。この際にあたり、海軍・陸軍の兵制もまた時節に従って、変更しないわけにはいかない。今日本の往昔の兵制に基づいて、海外各国の兵制を斟酌し、全国から兵を徴集する法律を定め、国家を守る基本を確立しようと思う。おまえたち、多くのあらゆる役人は手厚く、私(明治天皇)の意志を体して、広くこれを全国に説き聞かせなさい。 明治5年(壬申)11月28日  わが国古代の兵制では、国をあげて兵士とならなかったものはいなかった。有事の際は、天皇が元帥となり、青年壮年兵役に耐えられる者を募り、敵を征服すれば兵役を解き、帰郷すれば農工商人となった。もとより後世のように両刀を帯びて武士と称し、傍若無人で働かずに生活をし、甚だしい時には人を殺しても、お上が罪を問わないというようなことはなかった。  そもそも、神武天皇は珍彦を葛城の国造に任命し、以後軍団を設け衛士・防人の制度を始めて、神亀天平の時代に六府二鎮を設けて備えがなったのである。保元の乱・平治の乱以後、朝廷の軍規が緩み、軍事権は武士の手に落ち、国は封建制の時代となって、人は兵農分離とされた。さらに後世になって、朝廷の権威は失墜し、その弊害はあえていうべきものもなく甚だしいものとなった。  ところが、明治維新で諸藩が領土を朝廷に返還し、1871年(明治4)になって以前の郡県制に戻った。世襲で働かずに生活していた武士は、俸禄を減らし、刀剣を腰からはずすことを許し、士農工商の四民にようやく自由の権利を持たせようとしている。これは上下の身分差をなくし、人権を平等にしようとする方法で、とりもな...

日清修好条規 1871年09月13日

内容見直し点:口語訳中途 修好条規(口語訳、前文署名省略) 第一条 この条約締結のあとは、大日本国と大清国は弥和誼を敦うし、天地と共に窮まり無るべし。又両国に属したる邦土も、各礼を以て相待ち、すこしも侵越する事なく永久安全を得せしむべし。 第二条 両国好を通ぜし上は、必ず相関切す。若し他国より不公及び軽藐する事有る時、其知らせを為さば、何れも互に相助け、或は中に入り、程克く取扱い、友誼を敦くすべし。 第三条 両国の政事禁令各異なれば、其政事は己国自主の権に任すべし。彼此に於て何れも代謀干預して禁じたる事を、取り行わんと請い願う事を得ず。其禁令は互に相助け、各其商民に諭し、土人を誘惑し、聊違犯あるを許さず。 第四条 両国秉権大臣を差出し、其眷属随員を召具して京師に在留し、或は長く居留し、或は時々往来し、内地各処を通行する事を得べし。其入費は何れも自分より払うべし。其地面家宅を賃借して大臣等の公館と為し、並びに行李の往来及び飛脚を仕立書状を送る等の事は、何れも不都合がないように世話しなければならない。 第五条 両国の官位何れも定品有りといえども、職を授る事各同じからず。因彼此の職掌相当する者は、応接及び交通とも均く対待の礼を用ゆ。職卑き者と上官と相見るには客礼を行い、公務を辨ずるに付ては、職掌相当の官へ照会す。其上官へ転申し直達する事を得ず。又双方礼式の出会には、各官位の名帖を用う。凡両国より差出したる官員初て任所に到着せば、印証ある書付を出し見せ、仮冒なき様の防ぎをなすべし。 第六条 今後両国を往復する公文について、清国は漢文を用い、日本国は日本文を用いて漢訳文を副えることとする。あるいはただ漢文のみを用い、その記載に従うものとする。 (これ以下まだ) 第七条 両国好みを通ぜし上は、海岸の各港に於て彼此し共に場所を指定め、商民の往来貿易を許すべし。猶別に通商章程を立て、両国の商民に永遠遵守せしむべし。 第八条 両国の開港場には、彼此何れも理事官を差置き、自国商民の取締をなすべし。凡家財、産業、公事、訴訟に干係せし事件は、都て其裁判に帰し、何れも自国の律例を按して糾辨すべし。両国商民相互の訴訟には、何れも願書体を用う。理事官は先ず理解を加え、成丈け訴訟に及ばざる様にすべし。其儀能わざる時は、地方官に掛合い双方出会し公平に裁断すべし。尤盗賊欠落等の事件は、両国の地方官より...

下関条約 1895年04月17日

下関条約(口語訳、前文署名省略)  第一条 清国は朝鮮国の完全無欠なる独立自主の国であることを確認する。よって右独立自主を損害すべき朝鮮国より清国に対する貢献典礼等は将来全くこれを廃止する。  第二条 清国は左記の土地の主権並びに当該地方にある城塞、兵器製造所及び官有物を永遠に日本国に割譲する。  一 左の境界内にある奉天省南部の地    鴨緑江口より該江を遡り、安平河口に至り該河口より鳳凰城海城営口にわたり遼河口に至る折線以南の地、併せて前記の各城市を包含する。そして遼河を以って界とするところは該河の中央を以って境界とすることとする。    遼東湾東岸及び黄海北岸にあって奉天省に属する諸島嶼  二 台湾全島及びその付属諸島嶼  三 澎湖列島、即ち英国「グリニッジ」東経百十九度から百二十度まで及び北緯二十三度から二十四度までの間にある諸島嶼  第三条 前条に掲載し付属地図に示すところの境界線は、本条約批准交換後直ちに日清両国より各二名以上の境界画定委員を任命し、実地について確定するところあるべきものとする。そしてもし本条約に掲記するところの境界にして地形上又は施政上の点につき完全にならない場合には、当該境界画定委員はこれを更正することに任ずる。  第四条 清国は軍費賠償金として、庫平銀2憶両を日本国に支払うべきことを約する。右金額は都合8回に分け、初回及び2回には毎回5千万両を支払う。そして初回の払込は本条約批准交換後6か月以内に、次回の払込は本条約批准交換後12か月以内において行う。残りの金額は6箇年賦に分け、その1次は本条約批准交換後2年以内に、2次は本条約批准交換後3年以内に、3次は本条約批准交換後4年以内に、4次は本条約批准交換後5年以内に、5次は本条約批准交換後6年以内に、6次は本条約批准交換後7年以内に支払う。また、初回払込期日より以後未だ払込を終了しない額に対しては、毎年5%の利子を支払うべきものとする。 但し、清国は何時でも当該賠償金の全額あるいはその一部を前もって一時に支払うことができる。本条約批准交換後3年以内に当該賠償金の総額を完済するときは、すべての利子を免除する。もし2年半若しくは更に短期の利子を払い込んだときは、これを元金に編入する。  第五条 日本国へ割譲された地方の住民にして、割譲された地方の外に住居したいと希望する者には自由にその所...