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新聞事業令 1941年12月13日

 新聞事業令(ひらがな化、一部新字体化)


勅令第千百七号

   新聞事業令

第一条 国家総動員法(昭和十三年勅令第三百十七号に於て依る場合を含む)第十六条の三の規定に基く新聞事業の開始、委託、共同経営、譲渡、廃止又は休止に関する命令及新聞事業を行ふ法人の目的変更、合併又は解散に関する命令、同法第十八条の規定に基く新聞事業の統制を目的とする団体の設立等に関する命令及当該団体に関し必要なる事項並に同法第十八条の三の規定に基く新聞事業の譲渡又は新聞事業を営む会社の合併に付ての租税の軽減に付ては本令の定むる所に依る

第二条 本令に於て新聞事業と称するは時事に関する事項を掲載する新聞紙の発行を目的とする事業にして命令を以て定むるものを謂ふ

第三条 新聞事業を開始せんとする者は主務大臣の許可を受くべし新聞事業主其の事業の委託、共同経営、譲渡、廃止又は休止を為さんとするとき亦同じ

新聞事業を行ふ法人の目的変更、合併又は解散の決議は主務大臣の認可を受くるに非ざれば其の効力を生ぜず

第一項の許可及前項の認可に関し必要なる事項は命令を以て之を定む

第四条 主務大臣新聞事業の整備の為必要ありと認むるときは命令の定むる所に依り新聞事業主に対し事業の譲渡若は譲受又は会社の合併を命ずることを得

前項の場合に於ける譲渡又は合併の条件は当事者間の協議に依る其の協議調はず又は協議を為すこと能はざるときは主務大臣之を裁定す

前項の協議は主務大臣の認可を受くるに非ざれば其の効力を生ぜず

第五条 左の各号の一に該当するときは主務大臣は当該新聞事業主に対し其の事業の廃止又は休止を命ずることを得

一 前条第一項の規定に依る命令又は同条第二項の規定に依る裁定に従はざるとき

二 第六条の規定に依る団体の定款又は統制規程に違反したるとき

三 当該新聞事業の運営が国策の遂行に重大なる支障を及ぼし又は及ぼすの虞あるとき

前項の処分は予め警告を為したる後之を行ふ

第六条 主務大臣は命令の定むる所に依り第八条の規定に該当する者に対し新聞事業の綜合的統制運営を図り且新聞事業に関する国策の立案及遂行に協力することを目的とする団体の設立を命ずることを得

第七条 前条の規定に依る団体は其の目的を達する為左に掲ぐる事業を行ふ

一 新聞紙の編集其の他新聞事業の運営に関する統制指導

二 新聞事業の整備に関する指導助成

三 新聞共同販売其の他新聞事業に関する共同経営機関の指導助成

四 新聞記者の登録並に新聞従業者の厚生施設及養成訓練の実施

五 新聞用紙其の他の資材の配給の調整

六 新聞事業の向上に関し必要なる調査研究

七 其の他本団体の目的を達するに必要なる事業

第八条 第六条の規定に依る団体の会員たる資格を有する者は左に掲ぐる者にして主務大臣の指定するものとす

一 新聞事業主

二 新聞事業主に対し報道事項の供給を為すを目的とする事業其の他新聞事業に関係ある事業の事業主

第九条 重要産業団体令第八条第二項及第九条乃至第三十六条の規定は統制会の会員たる団体を組織する者に関する部分を除き第六条の規定に依る団体に之を準用す但し閣令とあるは命令とす

本令に規定するものを除くの外第六条の規定に依る団体に関し必要なる事項は命令を以て之を定む

第十条 第四条第一項の規定に依る命令に基き左の事項に付登記を受くる場合に於ては其の登録税の額は左の額とす但し登録税法に依り算出したる登録税の額が左の額より少きときは其の額に依る

一 合併に因る会社の設立

金銭出資に依る払込株金額及金銭を目的とする株金以外の出資の価格の千分の五と金銭以外の財産の出資に依る払込株金額及金銭以外の財産を目的とする株金以外の出資の価格の千分の一との合計額

二 合併に因る会社資本の増加

金銭出資に依る増資払込株金額及金銭を目的とする株金以外の出資の価格の千分の五と金銭以外の財産の出資に依る増資払込株金額及金銭以外の財産を目的とする株金以外の出資の価格の千分の一との合計額

三 新聞事業の譲受の場合に於ける不動産に関する権利の取得

不動産の価格の千分の三

第十一条 本令中主務大臣とあるは内地に在りては内閣総理大臣及内務大臣とし、朝鮮、台湾、樺太又は南洋群島に在りては各朝鮮総督、台湾総督、樺太庁長官又は南洋庁長官とす

第十二条 朝鮮及南洋群島に在りては第五条第一項第二号及第六条乃至第十条の規定を、台湾及樺太に在りては第五条第一項第二号及第六条乃至第九条の規定を適用せず

   附則

本令は公布の日より之を施行す但し朝鮮、台湾、樺太及南洋群島に在りては昭和十六年十二月二十五日より之を施行す

(Source:国立公文書館 新聞事業令・御署名原本・昭和十六年・勅令第一一〇七号 A03022661000)

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