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愛国社再興趣意書 1878年04月18日

 愛国社再興趣意書(ひらがな化、一部新字体化、不明文字あり)


   愛國社再興趣意書

人類相■■国を建つるは各其身を愛する所以にして其権利を保全し其幸福を享有せんか為め也蓋し人との愛身の情あるは本と天性の然らしむる所にして能く其身を護る所以也然りと雖とも人の能く真に権利を鞏固にし幸福を維持して安全なることを得る所以は国家あるが為め也夫れ国家の安危は実に一人の安危に関す故に一国安けれは一人亦た安きことを得るも一国危ければ一人以て安きこと能はす嗚呼愛身愛国は豈に二致あらんや人真に其身を愛するを知る亦た当に其国を愛するを知るへし然らは則民として愛国の心あるは是已むへからさる所にして能く其国を護る所以也若し夫人との其身を愛することを知らざれば自ら其身を害し民として其国を愛することを知らざれは自ら其国に災し竟に彼の権利幸福をも棄擲するに至らんとす豈に悲しむへきに非ずや是を以て我輩会て愛国社を創立し広く各県同志の人を会して国家公其の益を図りき唯た他に一個の事故を生し半途にして停止せり豈に初めより其本意を変するに在らんや故に今之を再興し本社を大坂に設け広く同志を結合し以て愛国の旨義を拡充せんと欲す冀くは有志の諸君幸に合和協同せられんことを故に今猶ほ再興の趣意を詳記して左に示す

夫人の世に在るや互に相交際し相親愛せずんば以て畢生の康福を全ふする能はさるなり夫れ親子兄弟和楽して而して一家の康福を全ふすることを得る所以のものは其互に交際し以て相親愛することあれはなり老幼男女相救ひ以て一郷の康福を全ふすることを得る所以のものは其互に交際し以て相親愛することあれはなり故に国民たる者緩急相助け以て一国の康福を全ふせんと欲せは又宜く互に交際し以て相親愛せざるへからず蓋し交際親愛は人の情性にして家族郷党の間に行はるヽものなれば又邦国の間に行はれざるを得ず畢竟邦国は此情性に基て成立するものなれは国民相互に交親し各々其方向を一にし以て全国一致の体裁を成さヽるへからず若し然らずんは之を真正の邦国と称すへからざるなり

今夫れ我邦古来の一大改革に際し封建を廃して郡県と為し大に旧規古制を廃棄すと雖之に代ふるの規制未た完備せす封建の世に当てや諸侯各々藩屏を搆へ交親の其間に行はるヽ最も厚く人各々方向の帰着する所を知り一小邦国の体裁を成せしと雖とも廃藩置県となるに及んて藩屏の結合解散し人々其方向を失ひ民心愈々疎隔し漂手として帰着する所を知らさるに至れり抑も廃藩置県の主意たるや門閥因襲の弊を除き政令多岐の憂なからしめんが為め数多の小邦国を変壊して一大邦国を成立するに在れは各地の人民其方向を一変し之が区域を広く各地旧来の交親は論を俟たず全国人民相互に交親し各々其方向を一にし以て全国一致の体裁を成さヽる可からず然り而の今日我邦の形勢を熟察するに全国人民の交親未た厚からさる而巳ならす各地旧来の交親と雖とも愈々踈薄に至り人各々其方向を異にして全国一致の体裁を成すこと能はず豈に之を真正の邦国と称するを得んや而かも是れ其故たる人民に結合なきの致す所に係れば今日我邦人民の方向を一定し真正の邦国を成立し以て一国の康福を全ふせんと欲せば各地各国相互に結合し以て之を統一せざるべからず是れ愛国社を再興する所以の第一也国政は人民禍福存亡の係る所たれば常に之を観察し以て其利害得失を弁議し政府をして公議輿論の在る所を知らしめざるへからず蓋し政務は人民の代務なれば政府法を立て政を施すに当りてや必ず公議輿論を審察し以て民心の帰向する所に従ふへきのみ彼の封建の世に当てや諸侯生殺与奪の権を専らにすと雖とも君臣義を重んじ君■政を施す時は臣たる者之を諍諌するの任ありて君たる者も亦之を聴納するの責めあり故に封建の士族は参政の権を有せし者なり藩制廃せられ士の常職を解くや其主意は則特に士族をして参政の権を得せしむる制限を廃し以て広く全国人民に之を得せしめ以て士民の権を均ふするに在りと雖とも三民未た之を得ざる而巳ならず爾来士族も亦之を失ふに至り且つ我邦未た国会の設けなけれは政府公議輿論の在る所を知らんと欲するも亦如何んともす可からさるなり新聞雑誌は世に其額少なからずと雖とも其議論たる一社若くは一都会の議論にして真正の公議輿論と認むへきもの無し故に今政府をして公議輿論の在る所を知り以て失政なからしめんと欲せは各地人民相互に会合し国政の利害得失を協議し国会に代ふるの議会を起立せさるへからず是れ愛国社を再興する所以の第二也

文学の智力を研磨するに欠く可からざるは固より論を要せずと雖とも力を研磨するは必しも文学に止らず人学識に富むと雖とも之を実用すること無けれは時事に迂濶にして毫も其用を為さず或は徒に先哲の精伯を甞めて己まんの■是れ古来東洋の弊風にして我邦最も甚しとす夫れ人相会して時事を討論し意見を交換するが如きは智力を研磨するの実学にして其功益測る可からざるものあり彼の欧米商邦に於ては概ち国会の設立あり各地の人民撰はれて之が議員と為り会議討論して互に意見を交換し以て■見を■ることを得故に国会は智識を実用し智力を硏磨するの一要具となれり方今我邦国会の設立なく各地人民相会して時事を討論すること無ければ知識を実用するの地なく又互に意見を交換して是非を討究することなけれは其論の是なる者之を流布するに由なく其論の非なる者は自ら覚悟するに由なく従て識見の狭隘なるを免れす故に我邦各地人民をして智識を実用し智力を研磨せしめんが為め国会に代ふるの議会を起立するは之を目今の急務と謂はさるを得ず是れ愛国社を再興する所以の第三也

道徳の人間社会に欠く可からさるは固より言を俟たず而して其能く道徳を織持する所以のものは法律の能く為す所に非る也法律は人の外行を制することを得るも内心を治すること能はず人の廉恥を重んじ品行を正くするは多くは社会の毀誉に憚る所あるを以てなり封建の時代士風の廉潔なるは藩屏の結合ありて人々其毀誉を憚り廉恥を破り品行を乱る時は社会に齒する能はすして一郷に齒する能はざる者は又一州に齒する能はさるを以てなり輓近我国道徳の壊敗せしは其原因一にして足らすと雖も抑も亦藩屛の結合解散し人々其身を逭るヽ所ありて毀誉を憚らざるに由るなり故に社会の結合あるは猶白昼のごとく結合なきは則闇夜の如し社会の結合は人をして毀誉を憚り以て徳義を守らしむるに欠く可からざるものなり今や道徳の壞敗を救済し以て之を維持せんと欲せは地方は論を俟たず又大に全国の結合を成さヽる可からす是れ愛国社を再興する所以の第四也

身体財産の保護は政府の職務たりと雖とも急難に当ては政府も其職務を画す能はざることあり故に人民たる者は專ら政府の保護を恃まず已れか身体財産は宜く自ら之を治め自ら之を衛るへきなり我邦人民の如きは古来專制政治の下に馴致し事々政府に依頼するの陋習あるを以て最も自治自衛の気象に乏く急難に遭遇することあれは偏へに政府の力を仰き自ら防護するの方を知らす是を以て維新以来騷乱屡々起り人民の禍害を蒙る実に少小に非るなり若く人民に自治自衛の気象ある時は騒乱を企謀する者自ら憚る所あれは容易に之を発起せす従て禍害を蒙ること少きに至るへし故に人民をして自治自衛の気象を養成せしむるは騒乱を防遏するの道にして人民の安全を保持するに欠くへからさる所なり而して此気象たるや亦夫の結合力と相関するものなれは今之を養成せんには必すや各地の人民相互に交通し併力同謀以て結合せんことを勉めざるへからす是れ愛国社を再興する所以の第五也

財は国力の由て生する所なり国民富まざれは以て国力の強盛を致す能はず故に国力をして強盛ならしめんと欲せは国財を増殖せざるへからず而して其方たるや国民自ら奮起し大に産業を起し内外の通商を盛んにするより善きは莫し蓋し方今生産通商の道稍々開けざるに非すと雖とも各地人民の交接未た密ならすして国財の撿究を尽さヽるか為めに大利あるの産業も之を起さず従て有無相通するの方其当を失ふ者あり故に国財を増殖し国力をして強盛ならしめんと欲せは各地人民相互に交接し彼我の情況を知り国産の有無を審かにし共謀戮力産業を起し通商を盛にし有無相通するの方其当を得さるへからずそれ亦各地人民の交際結合よりせずんばあらず是れ愛国社を再興する所以の第六也

夫れ邦国は州郡を以て成る故に州郡強盛ならすんは邦国以て強盛なる能はす譬へは邦国は樹幹にして州郡は根柢なり樹幹の枯稿せさらんを欲せは以て根柢を培養せざるへからずかの封建の制たる諸侯各々兵馬銭穀の権を握り地方の権力最も盛なりしと雖とも其弊や地方分権に過き尾大不掉の患ありし故に廃藩置県以て地方の権力を収攬し之を一大政府に統一するに至れり当に宜しく全国交際の平均を得て其美を見ざるへからず而して今日の勢亦然らず其弊や中央集権に過き地方は益々貧弱に陥り復た如何んともする能はさらんとす州郡貧弱ならは邦国の貧弱ならざらんと欲するも得へからざるなり然りと雖とも方今地方の衰頽は豈に全く政体のみの然らしむる所とせんや抑も亦各地の有力者耐忍自立の気風に乏く或は望を官途に懐き地方を去て都会に移住し又た地方に住居するも奮発淬励して力を地方に尽す者寡きに由るなり故に今ま地方の頽衰を挽回し以て邦国の強盛を致さんと欲せは各地の有力者同心恊力し財力ある者は財を用ひ智力ある者は智を労し以て相助けんことを謀らさるへからず是れ愛国社を再興する所以の第七也

世界万国強弱の別ある所以のものは固より智愚貧富の差あるに由ると雖とも大に元気の■索と民力の離合とに由るなり抑も我邦外交に於て未た全く対等の権を有せず独立の名ありて独立の実なく屢々外交の侮凌を受け而の国権の■張せさる所以のものは固より国民貧愚の致す所と雖とも亦豈に元気克く振はず民力克く合せざるの致す所ならざらんやかの封建の世に当てや各地藩屏の結合ありて兵財充実せり故に敵国外患ありと雖とも防禦の策立口に成るを得たり今や全国の結合なきのみならす廃藩以来各地の結合も亦解散し地方に寸鉄片粒の備なく元気益々衰微し民力愈々分離し殆んと援ふ可からさるに至らんとす国勢斯の如くにの其命脈の絶へさらんことを欲するも得へからさる也夫れ国民智且つ富むと雖とも元気盛んならす民力合せすんは独立を維持し国権を皇張し難し況んや貧小なる我国にして欧米諸邦と拮抗し独立を維持し国権を皇張し以て強盛の域に至らんと欲せは勉めて元気を旺盛にし民力を結合せんことを謀らさる可からず是れ愛国社を再興する所以の第八也

   明治十一年四月


   愛国社再興合議

我輩此社を結ふの主意は愛国の至情自を止む能はさるを以てなり夫れ国を愛する者は須からく先其身を愛すへし人々各其身を愛するの通義を推せは互に相交際親愛せざる可からす先ふ同志集合し会議を開かさるを得す依て今是の会議を開き互に相硏究恊議し以て各其自主の権利を伸張し人間本分の義務を尽し小にしては一身一家を保全し大にしては天下国家を維持するの道より終に以て

天皇陛下の尊栄福祉を増し我帝国をして欧米各国と対峙屹立せしめんと欲するにあり今此の旨意を達せんか為め左の条件を納定せり

   第一条

此の社を名けて愛国社と称し大坂に会場を設く可し

   第二条

愛国社は各県各社より其社員両三名を大阪に出し置毎月数次期日を定めて相会し大政の由て出る所と天下の形勢時情を協議討論し及ひ何事に依らす各社に報知することを務む可し

但事故ありて常に社員を出し置能はさる者は其事由を在坂社員へ報告すへし

   第三条

前件の外毎年三月九月の十日を以て大阪に公会を開き細大の事務を議定すへし

但非常の大事件ある時は在阪社員より各社に報知し臨時会同を催すことあるべし

   第四条

右の公会には各県社長必す出席すへし其他は各社の適宜を以て社員両三名を出すへし

但各社長若し事故ありて出会し難きときは代理人を出すへし

   第五条

至急決議すへき事件或は建白すへき事件等ありて二季の公会を俟つ能はす又は臨時会同を催す暇なきときは在坂社員恊議の上之を処分し速に各社に報告す可し

   第六条

各県結社の体裁規則会議の方法施設等の如きは其民心風土の宜しきに従ふて之を処分し二季公会の節互に之を照会す可し

但し各県其社員の名簿を作り公会の節其増減を照すへし

   第七条

各県各社に於て施行する事業及ひ該地の景況等時々在坂社員に報告すへし

但在坂社員に於て要件と認むる者は本社より各社に報告すへし

   第八条

以上衆議に因て決定すと雖とも時勢の変遷人情の更替するに従ひ一ヶ年二期の公会を俟て猶ほ改削増減することあるべし

   第九条

我輩既に至誠自を信して此の社を結ひ各其通誠権利を保護伸張せんと欲す故に宜しく常に勉強耐忍して仮令艱難憂成百挫千折するとも敢て少しくも屈撓することなく終始一致勉焉として倦まざらんことを要す於是連署調印して各其他なきを表する也

    附例則

   第一条

自今社員たらん者は本籍の地方に拾名以上同志の結合ある者に限るへし

   第二条

都府の地に於て結成したる社は人員の多少に拘はらす渾て入社を許さざる者とす

但社旨は勿論規則方法等完備して終始瓦解の患なきものは二期会同の節特別の協議を以て入社を許すことあるへし

   第三条

入社を乞ふ者あるときは先つ其社の主意書及諸規則并社員名簿等を出さしめ在坂委員は其事実を得んか為め当時入社を乞ふ者の地方に接近なる同盟の社へ其旨を依頼し二期公会の節本会の衆議に付し之か許否を決定す

(Source:国立国会図書館:愛国社再興趣意書)

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