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関東軍司令官に与ふる訓令別冊 昭和十六年度帝国陸軍作戦計画要領 1941年?月?日

 関東軍司令官に与ふる訓令別冊 昭和十六年度帝国陸軍作戦計画要領


関東軍司令官に與ふる訓令別册

昭和十六年度帝國陸軍作戰計畫要領


 昭和十六年度帝国陸軍作戦計画訓令別冊

  昭和十六年度帝国陸軍作戦計画要領

一 本冊は支那に対する作戦中露国と開戦する場合及支那米国英国及蘭国に対する作戦中露国と開戦する場合の作戦計画要領を示す


   第一章 支那に対する作戦中露国と開戦する場合の作戦

二 帝国陸軍初期の作戦目的は露国に対しては極東に於ける露軍を撃破し併せて「ルフロウオ」附近以東及大興安嶺西麓の線以東の地域を確保して爾後の作戦を準備し此間支那に対しては所要の地域を確保して持久を策するに在り

三 前項の作戦目的達成後に於ける作戦は当時の情況に依り之を定む

四 帝国陸軍は露国との開戦避くへからすと考察せは開戦に先たち動員並満洲に対する兵力の集中所要軍需品の整備及前送交通機関及施設の整備等の処置を執り以て関戦に遺憾なからしむ

五 帝国陸軍の作戦指導要領左の如し

(一) 関東軍を以て烏蘇里方面概ね興凱湖及「ウォロシロフ」平地一帯の地域を指すの敵を撃破し次て黒龍方面概ね「プレーヤ」河「ゼーヤ」河各下流の地域を指す及大興安嶺方面の敵を撃破す

(二) 支那派遣軍を以て北支那方面の要域並上海附近を確保して露支両軍に対し持久を策す

(三) 一部の兵力を以て季節之を許す限り成るへく速に北樺太の要地を占領したる後関東軍に策応して沿海洲方面に作戦し又勘察加の要地を占領す

(四) 作戦の推移に応し大本営直属部隊約四師団及其他の部隊を所要の方面に投して作戦の遂行を図る

六 帝国海軍は所要の方面に於て陸軍の作戦に協同す特に其航空部隊を以て陸軍航空部隊と協同し開戦劈頭より烏蘇里方面の敵航空勢力を撃破し又作戦初頭沿海洲方面の敵艦隊を擊滅して極東露領沿海を制圧す

七 朝鮮軍司令官は左の任務に服す

(一) 関東軍等のの為朝鮮軍管区竝琿春方面に於ける兵站業務を管掌し又は援助す

(二) 朝鮮軍管区の防衛に任す

八 支那派遣軍総司令官は左の任務に服す

(一) 支那方面より満洲方面に転用せらるる部隊を陸路又は海路満洲に転進せしむ

(二) 北支那方面の要域竝上海附近を確保し露支両軍に対し持久を策す

(三) 関東軍航空部隊北支那方面を根拠として作戦する場合に於ては其作戦を容易ならしむ

(四) 関東軍の為所要の兵站業務を援助す

九 関東軍総司令官の任務左の如し

(一) 先つ烏蘇里方面の敵を撃破し次て黒龍方面及大興安嶺方面の敵を撃破し「ルフロウオ」附近及大興安嶺西麓の線に進出して爾後の作戦を準備す

(二) 大本営直属部隊等の為満洲に於ける兵站業務を管掌し又は援助す

(三) 満洲関東洲を含むの防衛に任し特に外蒙方面に対し誓戒す

十 関東軍総司令官の準拠すへき作戦計画の大綱左の如し

  第一 作戦方針

関東軍は先つ烏蘇里方面の敵を撃破し次て黒龍方面及大興安嶺方面の敵を撃破す

  第二 作戦指導要領

第一期

開戦劈頭より敵航空勢力を撃破す

東方面に於ては烏蘇里方面に向ふ攻勢を準備す

北及西方面に於ては小興安嶺方面及大興安嶺方面に於て夫々持久を策す

第二期

兵力の集中竝戦力の整備に伴ひ成るへく速に烏蘇里方面の敵を撃破す

北及西方面に於ては第一期に同し

第三期

東方面より兵力を転用し北及西方面に適宜攻勢を取り敵を撃破して「ルフロウオ」附近及大興安嶺西麓の線に進出して爾後の作戦を準備す

北及西方面の敵を撃破するに方く主作戦方面を何れに定むへきやは当時の情況に依る

  第三 兵団区分

第二期作戦に於ける関東軍の兵団区分左の如く其兵力編組附表第一の如し

東方面

第一方面軍二十一師団を基幹とすは第二軍二師団を基幹とす第三軍五師団を基幹とす第七軍三師団を基幹とす第五軍四師団を基幹とす第八軍三師団を基幹とす及方面軍直属部隊四師団及其他の部隊より成る

北及西方面

第二方面軍九師団を基幹とすは第四軍四師団を基幹とす第六軍四師団を基幹とす及方面軍直属部隊一師団及其他の部隊より成る

関東軍直属部隊は航空兵団四師団及其他の部隊とす

  第四 作戦要領

(一)航空作戦

イ 開戦劈頭より海軍航空部隊と協同して烏蘇里方面の敵航空勢力を撃破し次て北及西方面の敵航空勢力を撃破す

  但其第一撃の時機は大本営の命令に依る

ロ 各期を通し主要なる地上作戦に直接協力す

ハ 作戦初期より所要の兵力を以て敵交通線を遮断す

ニ 所要に応し一部の兵力を以て北支那方面を根拠として敵航空勢力を撃破す

(二)第一期作戦

イ 東方面 第一方面軍主力は東部国境附近の要地を確保して烏蘇里方面に対する爾後の攻勢を準備す

  我集中間烏蘇里方面の敵主力若し攻勢に出つる場合に於ては隨時之を撃破す

  方面軍主力の集中進捗に伴ひ適時第二軍を以て「バラバシ」以南の露領に攻勢を取り該方面の敵を撃破して方面軍主力の作戦を有利ならしむ

  松花江下流方面に於ては侵入する敵に対し一部を以て持久を策す

口 北及西方面 第二方面軍は第四軍を以て小興安嶺方面第六軍を以て大興安嶺以西の濱洲線沿線地区方面軍直属部隊の一部を以て温泉方面に於て夫々持久を策す

(三)第二期作戦

イ 東方面 第一方面軍は兵力の集中並戦力の整備に伴ひ成るへく速に第三軍及第七軍を以て緩東方面槻き経券町又東奥より第五軍を以て平東方面推亦平陽嶺及来子より島蘇里方面に攻勢を取り同方面の敵を撃破す情況に依り方面軍の主力を以て興凱湖西方地区より烏蘇里方面に攻勢を取ることあり方面軍主力の攻勢に伴ひ適時第八軍を以て「イマン」附近を占領して敵の背後を遮断す

  松花江下流方面に於ける作戦は第一期に同し作戦の推移に応し方面軍直属部隊を所要の方面に投して作戦の遂行を図る

口 北及西方面 第二方面軍は第一期の作戦を継続すると共に爾後の攻勢を準備す

  作戦の推移に応し方面軍直属部隊を所要の方面に投して作戦の遂行を図る

ハ 作戦の推移に応し関東軍直属部隊を所要の方面に投して作戦の遂行を図る

ニ 烏蘇里方面の敵を撃破せは成るへく多くの兵力を北及西方面に転用す

(四)第三期作戦

イ 東方面 第一方面軍第二方西軍に転用せる兵力を欠くは速に一部を以て海軍と協同して浦塩斯徳等敵海軍の根拠地を攻略し主力を以て「ハバロフスク」其他の要地を占領し爾後北方面作戦軍に策応して黒龍方面に向ひ作戦す

口 北及西方面 第二方西軍東方面より転用せる兵力の大部を増加すは黒龍方面若くは大興安嶺方面の敵を撃破し第三方面軍従来の軍に更に兵力を増加して臨機編成すは第二方面軍の向はさる方面の敵を撃破し「ルフロウオ」附近及大興安嶺西麓の線に進出して爾後の作戦を準備す

  情況に依り第二方面軍敵を撃破したる後更に兵力を第三方面軍方面に転用して作戦の遂行を策することあり

  本期に於ける作戦要領の細部並兵団の兵力編組は当時の情況に依り之を定む

  第五 作戦地域

作戦初期に於ける関東軍作戦地域と朝鮮軍管区及支那派遣軍作戦地域との境界附図の如し

  第六 輪送

関東軍の輸送の概要附表第二第三の如し

内地朝鮮及支那より輸送せらるる部隊は日満国境通過若くは満洲港湾到着の時を以て関東軍総司令官の隷下に入るものとす

 第二章 支那米国英国及蘭国に対する作戦中露国と開戦する場合の作戦

十一 帝国陸軍初期の作戦日的は米国英国及蘭国に対しては成るへく速に其作戦目的を達成し露国に対しては当初満洲の主要なる要域を確保し情況之を許すに至らは少くも烏蘇里方面の要域を占領して爾後の作戦を準備し此間支那に対しては所要の地域を確保するに在り

十二 前項の作戦目的達成後に於ける作戦は当時の情況に依り異るも概ね第一章を準用して行ふ

十三 帝国陸軍は露国との開戦の顧慮あるに至らは概ね第一章の四所掲の如き処置を執る

十四 帝国陸軍の作戦指導要領左の如し

(一)比律賓群島英領馬來及英領「ボルネオ」蘭領印度諸島の各要地並重要資源地域を占領し又香港及新嘉坡を攻略す

(二)関東軍を以て極東に於ける露軍に対し持久を策し情況之を許すに至らは敵を撃破して烏蘇里方面の要域を占領す

(三)一部の兵力を以て季節之を許す限り成るへく速に勘察加の要地を占領し又情況之を許すに至らは北樺太の要地を占領す

十五 帝国海軍は成るへく速に敵艦隊を撃滅して極東露領沿海を制圧し情況之を許すに至らは烏蘇里方面の陸軍作戦に協同す

十六 朝鮮軍司令官及支那派遣軍総司令官は概ね第一章所掲の任務に服す

十七 作戦初期に於ける関東軍総司令官の任務左の如し

(一)極東に於ける露軍に対し持久を策し情況之を許すに至らは烏蘇里方面の敵を撃破し同方面の要域を占領して爾後の作戦を準備す

(二)満洲関東洲を含むの防衛に任し特に外蒙方面に対し警戒す

(三)大本営直属部隊等の為満洲に於ける兵站業務を管掌し又は援助す

十八 関東軍総司令官の準拠すへき作戦計画の大綱左の如し

    第一 作戦方針

関東軍は極東に於ける露軍に対し持久を策し情況之を許すに至ては烏蘇里方面の敵を撃破す

    第二 作戦指導要領

  前期

   極東に於ける露軍に対し持久を策す

  後期

兵力の増加並戦力の充実に伴ひ烏蘇里方面の敵を撃破し同方面の要域を占領して爾後の作戦を準備す

    第三 兵団区分

前期に於ける関東軍の兵団区分を左の如く概定す

其兵力編組は情況に依り異るも概ね附表第四の如し

東方面 第一方面軍約十三師団を基幹とすは第三軍約四師団を基幹とす第五軍約四師団を基幹とす及方面軍直属部隊約五師団及其他の部隊より成る

北方面 第四軍は約四師団及其他の部隊より成る

西方面 第六軍は約四師団及其他の部隊より成る

関東軍直属部隊は約六師団及其他の部隊とす

    第四 作戦要領

  (一)航空作戦

航空兵団は作戦初頭より敵航空勢力の撃破に勉め又為し得る限り敵交通線の遮断を図り且主要なる地上作戦に直接協力す 但其第一撃の時機は大本営命命に依る

  (二)前期作戦

イ東方面 第一方面軍は第三軍を以て緩東方面第五軍を以て平東方面の要地を確保し且爾後の攻勢を準備す

 此間敵若し該方面より攻勢に出つる場合に於ては隨時之を撃破す

 琿春方面及松花江下流方面に於ては各〃一部を以て持久を策す

 情況の推移に応し方面軍直属部隊を所要の方面に投して作戦の遂行を図る

口北方面 第四軍は小興安嶺方面に於て持久を策す

ハ西方面 第六軍は大興安嶺方面に於て持久を策す

ニ作戦の推移に応し関東軍直属部隊を所要の方面に投して作戦の遂行を図る

  (三)後期作戦

イ兵力の増加並戦力の充実に伴ひ第一方面軍を以て烏蘇里方面の敵を撃破し該方面の要域を占領す

 此間北及西方面に於ては小興安嶺方面及大興安嶺方面に於て持久を策す

ロ爾後更に北及西方面の敵を撃破するの準備を為す

ハ本期に於ける作戦要領の細部並兵団区分は当時の情況に依り之を定む

ニ米国英国及蘭国に対する作戦の進捗に伴ひ関東軍に増加せらるる兵力は当初少くも四乃至五師団及航空部隊の大部等と予定す

    第五 作戦地域

作戦初期に於ける関東軍作戦地域と朝鮮軍管区及支那派遣軍作戦地域との境界附図の如し

    第六 輪送

関東軍の輪送の概要附表第五第六の如し

内地及支那より輸送せらるる部隊は日満国境又は満支国境通遇若くは満洲港湾到着の時を以て関東軍総司令官の隷下に入るものとす


附表省略

(Source:国立公文書館:関東軍司令官に与ふる訓令別冊 昭和16年度帝国陸軍作戦計画要領(1) C14061011200)

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